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『カササギ殺人事件』アンソニー・ホロヴィッツ

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1955年、田舎町に住む家政婦が鍵のかかった家の中で階段から落ちて死んでいるところが庭師によって発見される。不慮の事故のようだったが、その三日前、死者は息子に「死ねばいい」という意味の言葉を浴びせられていた。近くのパブで、その喧嘩を聞いた客は息子の仕業ではないかと疑う。息子の婚約者は名探偵アティカス・ピュントに捜査を依頼するが、ピュントは断る。実は脳腫瘍であと三月の命と宣告されていたのだ。


ところが、それからしばらくして階段から落ちた女性が家政婦をしていたパイ屋敷の主人である準男爵が首を斬り落とされるという事件が起きる。小さな村で関係者が連続して死ぬのは異例だ。捜査を担当するのが顔見知りの警部補であることを知り、ピュントは助手のジェイムズを供に捜査に乗り出すことに。


もとは修道院であった建物には翼棟の端に八角形の塔がついた屋敷。その奥には鬱蒼とした森と湖という典型的な英国風ミステリの舞台。死んだ家政婦のメアリは村人のゴシップを蒐集しては手帳に書き記していた。この「お節介屋」が死んだことで胸をなでおろした人物が少なからずいる。また殺された準男爵は村中の嫌われ者で、限嗣相続という制度のせいで双子であるのに兄に家を追い出された妹を筆頭に殺人の動機を抱く人物が引きも切らない。


「一粒で二度おいしい」というのはキャラメルの宣伝文句。一粒でキャラメルの味とアーモンドの風味を楽しめることをいうらしい。その伝で行けば「一作で二作分面白い」ミステリと言えるだろう。注意深い読者なら、この本の仕掛けにすぐ気がつくにちがいない。うかつなことに扉が二種類使われていることに気づいていながら、上巻の最後まで読んでうっちゃりを食ってしまった。


冒頭部五ページ分を除けば『カササギ殺人事件』上巻は、アラン・コンウェイ作『カササギ殺人事件』で構成されている。しかし、探偵が関係者を集めて、自身の推理を語る結末部分が抜けているのだ。アティカス・ピュントという探偵は最後の最後まで真犯人については明らかにしない。だから、結末部分の抜けた上巻だけ読んでも誰が犯人か分からないわけだ。まあ、普通上下巻に分かれた本を読む人は上下とも買うだろうから、文句を言う人はいないだろう。


では、なぜ結末部分が抜けているのか。そこには、ひとりの人間が殺人を犯すに足る理由が隠されている。冒頭でこの作品をキャラメルに喩えたが、宣伝文句という点ではそうだが、本質としたら、サンドイッチの方が正しい。上巻の冒頭部分で「わたし」と称する人物には彼氏がいて、アンドレアスという名も出ているのに「登場人物」の中に名が出ていない。しかし、下巻にはちゃんと出ている。というか、下巻の登場人物と上巻のそれはまったく異なっている。


つまり、『カササギ殺人事件』は二つあって、一つは表紙に書かれている通り、アンソニー・ホロヴィッツ作『カササギ殺人事件』。もう一つが「作中作」であるアラン・コンウェイ作『カササギ殺人事件』だ。アンソニー・ホロヴィッツが探偵役として使っているのは出版社の編集者であるスーザン・ライランド。彼女が上司から手渡されたテクストがアラン・コンウェイの最新作『カササギ殺人事件』である。


パンにあたるのが現代のイギリスで起きた殺人事件。これを冒頭と結末に置き、中に1955年に起きた殺人事件を描く「作中作」という具をはさんでいる。サンドイッチという所以である。殺されたのは「作中作」の作者アラン・コンウェイである。殺人事件の舞台となるパイ屋敷はアラン自身の屋敷をモデルにしているだけでなく、探偵のピュントにはジェイムズという助手がおり、アランにはジェイムズ・テイラーという若い恋人がいる、というように二つの『カササギ殺人事件』は多くの点で重なっている。


作中作の『カササギ殺人事件』にはアランが好むアナグラムが仕込まれていて、それがアラン自身の死の謎を解くカギになっている。スーザンはアランが暮らしていた町を訪ね、実の姉や別れた妻と会って話を聞く。アランという作家は実に無雑作に身の回りの人物をモデルにしたり、その名前を借りたりして作品に登場させていることが分かってくる。それとともに、そのあまり愉快でない人となりや文学的な野望も。


なかなか面白い趣向で、最後まで引っ張ってくれる。アルファベットのアナグラムが鍵となる小説を日本語で取り扱う困難を考えると訳者の苦労がしのばれるが、括弧を使用して原語併記を採用するか、片仮名のルビを多用してくれたらもっと楽しめたような気がする。趣向を凝らした作品ながら、荒唐無稽な理由で人を殺す犯人やサイコパスの出てくるミステリが多い中、殺人の手段や殺人を犯す理由に納得のいく点が一番の推しポイント。年末年始で休みが取れる時期、じっくり読むにふさわしい力作である。



by abraxasm | 2018-12-25 17:59 | 書評