流れる

成瀬巳喜男監督作品。原作は幸田文。
大川端近くの芸者置屋が舞台。
とにかく女優陣が凄い顔ぶれ。実は栗島すみ子を見るのはこれが初めて。山田五十鈴の姉貴分の芸者という役所だが、貫禄充分である。その山田五十鈴が芸者置屋の女主人で、その娘が高峰秀子。狂言回しを務めるのが、田中絹代演ずる女中のお春。置屋に籍を置く芸者が杉村春子と岡田茉莉子。山田五十鈴に金を貸している腹違いの姉が賀原夏子、妹役の中北千枝子というあたりが脇をしめる。

キャメラは固定され、フレームの中で女優たちの位置はしっかり決まっている。常に一点消失の透視図法で、見ていて安心できるキャメラワークだ。その中を山田五十鈴が着物を着替える。鏡台を身ながら帯をしめるその立ち居振る舞いの美しいこと。お太鼓の裾がちょっと斜になっているあたりの粋さ。なで肩でないと着物の良さは出ないというが、心持ち重心を落とした所作といい、着物の着こなしの見本のような山田五十鈴のつた奴の出来である。足もとにからむ猫の可愛さも見逃せない。

その山田五十鈴の艶やかさに対するに、杉村春子の演じる染香という年増芸者がすごい。お春さんに頼んでコッペパンとコロッケを買ってきてもらい、台所でソースをかけて頬ばるところや、少し着くずした着物の着方。つた奴の代わりでお座敷に出るために電話口でちりつるちりつるちりつるてんと口三味線を弾くところ、岡田茉莉子と二人で酔って踊りながらついには吐くところと、名女優杉村春子の独壇場である。美味しいところをみんなとってゆくというやり方で、監督にとってはこんな重宝な女優もいないだろうが、主演女優にとっては厄介で気のもめる存在であったろう。

山田五十鈴のやり方に反発し、鞍替えを言い出しながら、やっぱり元の鞘に収まるときの二人のやりとりがまたいい。どちらも、男との関係をさっぱり切り、三味線の藝で食っていく、という新規まき直しの気持ちが伝わってくる。二人が向かい合って三味線を弾くところの気迫が凄い。

作者の分身である田中絹代演じる女中の上品でいながら、しっかりした働きぶりは観客の共感を得るだろうから、これは得な役である。芸者の世界を嫌い、洋裁で自立しようとする高峰秀子、芸者稼業を割り切って生きていく岡田茉莉子と対照的な生き方ながら、若手二人の女優の生き方には同世代の共感が集まっただろう。

芸者という古い世界の粋と、その価値が下落していく時代潮流を哀感を込めて描きあげた傑作である。両国橋を遠くに臨む大川端の風情も、今はなき東京の良き時代を残して秀逸。世界に誇れる日本文化の代表作であると思う。
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by abraxasm | 2010-01-25 21:58 | 映画評

覚え書き


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