人気ブログランキング | 話題のタグを見る

フィネガンズ・ウェイク

きっかけは、『ジョイスと中世文学』という本だった。著者は宮田恭子という人で、イギリスモダニズム文学の研究者らしくウルフやジョイスに関する本をこれまでに何冊も出している。新聞のサンヤツ広告で見つけて図書館にリクエストしておいたが、当然市の図書館で購入されず、隣の県の図書館からやっと回ってきた。

で、さっそく読んだ。副題に「『フィネガンズ・ウェイク』をめぐる旅」とあったので、てっきり『フィネガンズ・ウェイク』の解説本と思ったのだったが、これはこちらの早とちり。ほんとうの旅の話だった。といっても、『フィネガンズ・ウェイク』ゆかりの場所の旅というのでもない。はっきり言ってしまえば、ゴシック美術を見て回る旅の話だった。

それというのも、ジョイスは中世に関して強い関心を寄せていて、フィネガンの中にも聖フランチェスコや聖アントニウス、ダンテの『地獄篇』、錬金術等々についての仄めかしが数多く見つかるという(フィネガンは柳瀬訳につまずいて未読)。

本の中身だが、かつて読んだことのあるエミール・マールのゴシック美術に関する本などを参考にしながら、フィネガンに出てくる記述と対応する図像を現地に出向いて自分で撮影した写真も使いながら丁寧に解説してくれている。特に新味はないが、初めてゴシック美術に触れる人には親切な解説本である。

ただ、少しかじったことのある者には、今さらというところもある。これはまちがったかな、と思いながら読み進めているうちに、著者の訳したフィネガンを苦もなく読んでいる自分に気がついた。柳瀬訳にあれほど手こずって、とうとう棒を折ってしまったフィネガンをだ。

なんと、著者はすでに『フィネガンズ・ウェイク』の抄訳を発表していた。これを放っておく手はない。すぐに注文した。数日後届いた本は、丸谷訳『ユリシーズ』を踏襲した和田誠による装幀の美本。厚さも同じくらいで、解説、脚注も『ユリシーズ』と同じ形式だった。抄訳といっても、各章の初めと終わりはきっちり訳してある。全体を翻案するのではなく、一部を割愛し、その部分は解説というやり方だ。

これなら、割愛した部分がどうしても読みたければ、原書で読むなり柳瀬訳を頼るなりすることもできる。とにかく、あの難物を身近に引き寄せてくれただけでもお手柄である。はじめに『ジョイスと中世文化』で、読んであるので、その部分に来ると、あ、ここは知ってるぞ、という気持ちになれる。これがありがたい。

というわけで、連休はジョイス三昧。抄訳を読み終えたら、柳瀬訳にも再挑戦しようかと考えている。この本は、そういう読者を多数作ったのではないか。不勉強で今まで知らなかった抄訳に出会わせてくれたという点で、みすず書房刊の『ジョイスと中世文化』に感謝したい。
by abraxasm | 2009-05-03 18:45 | 書評

覚え書き


by abraxasm