結婚式

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長男の結婚式に出席した。会場は大阪、心斎橋。ホテルの地階にあり、ヨーロッパのワイン蔵か、ローマによって認められる前、地下に潜っていた初期キリスト教会をイメージしたような洞窟風のレストランである。イタリア語で「愛の洞窟」を意味する、このレストランを気に入ったのは新郎の方だそうだ。

二人はすでに入籍済みで、今回の式は友人や親戚へのお披露目の意味で開かれる。式の中で、新郎自らが語っていたが、はじめは結婚式そのものも考えていなかったそうだ。男親のこちらとしては、それで別段何の不都合もない。祖父母は高齢で出席もままならないし、とやこういう親戚もいない。しかし、妻はちがった。可愛い「娘」の花嫁姿が見たいと言い張った。新婦のお母さんだって同じ気持ちにちがいないというのだ。そんなわけで、一年間かけて準備したのが今回の式であった。

食事は、素材にこだわったイタリアン。新婦の祖父手作りの新じゃがと玉葱をふんだんに使ったフルコース。見栄えばかりを気にしたゴテゴテのウェディング・バンケットとはちがったしっかりした料理に舌鼓を打った。結婚式で料理を味わうなどはじめての経験である。

自分たちが結婚式をするのだったら、こうしたい、という気持ちが、こんなに隅々まで溢れていた式には正直はじめて出会った。プロのブライダル・プランナーがついてくれていると聞いて、何も口出しせずに二人に任せっきりだったが、自分たちの思いを伝えるために、いろんなアイデアを詰め込んだのだろう。手の込んだ演出と手作りのメッセージ・カード類が二人の奮闘ぶりを伝えていた。

一例をあげるなら、席の名札を立てるスタンドは新郎の手になる針金細工。ネームプレートその他に添えられた可愛いキャラクターは新婦の手になるイラストだ。BGMの選曲も自分たちで考えたのだろう、その中の一曲は新郎自身が作曲したものだった。その他、受付で手渡されるリーフレットも全部手作り。両家に残るアルバムから新郎新婦の子どもの時からの写真を選んでレイアウトしてあった。

小ぶりの封筒に入ったメッセージカードには、60人に及ぶ出席者ひとりひとりに向けてそれぞれ異なる新郎新婦手書きのメッセージが入っていた。豪華な式を挙げることは、金さえかければ誰にでもできる。けれど、手間暇かけることは、気持ちがなければできない。二人の結婚式で何がいちばん感動したかといえば、この細やかな心遣いであった。

ウェディング・ケーキは本型で、新郎新婦が寝そべって本を読んでいる姿の人形が乗っかっていた。心を込めながら、ちゃっかり自分たちが楽しんでもいる。このあたりが、若い二人の真骨頂か。出席者の方もずいぶん盛り上がっていた。特にギターと歌を披露してくれた新郎の友人と、カメラ番を任された従兄弟ははじけていた。それにつられて、めずらしく二男も嫌がりもせずに前に出て写真を撮っていた。

新婦の二人の弟さんはブーケのデザインとビデオ係を、新婦のお母さんと伯母さんは会場入り口で列席者を迎えるウェディング・ベアならぬウェディング・ピッグの飾り付けをして下さった。妻は妻で、スピーチをしてくれた方のところに行ってはお礼を言うなど、気働きをしてくれていた。それにひきかえ、新郎の父は、どう動いたらいいものか、よくわからないまま席に座ったままだった。気持ちの方ではあれこれ思うのだが、いざ行動というと段になると、体が動かない。もっといろいろ動いて、来ていただいたお礼など言うべきであったと反省しきりである。

式の終わりには新郎側の父親が一言謝辞を述べるのが一般である。ところが、息子からは何も言ってこない。一週間前、散髪に行って、そのことを話すと、「それはあるでしょう。まあ、貴方ならその場でふられても大丈夫でしょうけれど。」と、床屋が言う。とんでもない。急に言われてその場の思いつきで話せる程度のスピーチと父親の謝辞はちがう。

妻にそう言うと、「自分でたしかめてみたら?」と言う。しゃべりたがってるように思われるのも嫌だし、妻に頼んで訊いてもらった。電話には新婦の方が出て「お願いします」とのこと。妻が、息子からは聞いてないことを告げて、「あの子、お父さんなら、そんなことはその日でいいよと言ったんじゃない?」と水を向けると、「そのとおりです。」との返事。買いかぶりもいいところだ。

いつも、すました顔でしゃべってはいるが、大事な式の前にはちゃんと準備をして、原稿も書き、時間を計って練習もしている。3分以内にまとめるためには原稿書きと練習は不可欠なのだ。あわてて、原稿を書いたが、リサーチ不足は否めない。二人の式にかけた気持ちに寄り添うような言葉にはなっていなかった。その上、新婦の手紙の朗読にすっかり心を動かされ、自分の番になったら、途中で言葉に詰まる始末。

どうにか、挨拶を終えたものの、その後の新郎の謝辞のみごとな出来に、子どもの成長を感じてうれしい反面、自分の準備不足が責められて、ちょっとした自己嫌悪に陥ってしまった。要は、心がけの問題である。自分たちの結婚式に来てくれる人たちのことを思い、こつこつと準備してきた二人に比べて、全部任せきりにしてきた自分のいい加減さを思い知らされた。

生意気なことを父親面して言っていてもこの始末である。終電車に間に合わなくなるので、ゆっくり話をする暇もなかったけれど、とてもいい式に出られて父も母も喜んでいます。挨拶、上手くできなくてごめん。二人のお幸せを祈っています。
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# by abraxasm | 2007-06-03 11:56 | 日記

向かい風

自転車通勤もずいぶん慣れてきた。サドル高を上げてもらってから、いっそう快適になったこともある。実は、初めからサドルはもっと高くてもいいと思っていたのだが、専門店が決めてきた高さだからと、一応尊重していたわけだ。本当のところはペダルがいちばん下にきても膝が曲がったままなのが気になった。4センチくらい上げてもらったら、少し膝が曲がるかな、というくらいになった。そのかわり、信号待ちの時は、つま先立ちになるので、少し不安定だ。それくらいはがまんしても、走っているとき楽な方がいい。サドルの低い自転車に乗っている高校生が、ときどきサドルから腰を浮かし、ペダルに足を踏ん張って乗っている姿を見かける。あれは、きっと膝がだるくなっているのだ。

そういえば、僕が高校生のころはドロップハンドルの自転車通学が許されていたのに、最近は前に籠をつけたタイプの自転車しか許されていないようだ。何故なのだろう。みんな膝を曲げたまま、ゆっくり走っているが、あれは体に悪そうな気がする。スピードが出せないから、車も走る道を横一列に広がって何台もの自転車がしゃべりながら走っていたりする。隙間を縫うように毎朝追い越すのだが、後ろから視線が突き刺さるようで、あまり気持ちのいいものではない。

自転車通勤を続けていて弱るものに風(雨の日は乗らないから)がある。追い風を受けて走るのは気持ちいいが、向かい風は辛い。羽織ったシャツが風を孕んで、武田の騎馬軍団がつけていた母衣のようにふくらむ。息をするのも苦しいし、登り坂での向かい風は泣きたくなってくる。

それにもう一つつらいのが空腹感。仕事帰りにどこかに寄って、というタイプではない。昼は軽くすませるのが常で、間食は一切摂らない方だから、帰る頃にはおなかが空ききっている。たいした距離ではないが、家までには何回かの登り坂がある。だらだら坂はなんとかごまかしても、最後の急坂になると腹に力が入らない。自転車は地球環境に対しては省エネかもしれないが、人間のエネルギーはずいぶん消費するものだと分かった。
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# by abraxasm | 2007-05-28 19:14 | 自転車

「自由」という感覚

自転車で毎日通勤し出すと、いろんなことが分かってくる。この前出張した日のことだ。自動車の時との時間差を考え、十分くらい前に勤め先を出たのだが、何と二十分も前に出張先に着いてしまった。その帰り、サドル位置の調整のために立ち寄ったサイクルショップでそのことを話すと、「5キロまでなら自転車の方が速いですね。」と、こともなげに言われた。

たしかに、信号待ちの時間がいらない。青信号になっている側の歩道に渡れば、進行方向には進んでいける。そのうち、赤信号に出会ったときに右でも左でも好きな歩道を走ればいいわけだ。歩行者の多い市街地は別だが、普通の道なら、日中ほとんど歩行者とすれ違うことはない。基本的には車道を走るが、誰も通っていない歩道は抜け道として使わせてもらっている。

その他、これは内緒だが、出勤時間はまだ開いていない病院の駐車場など、バイパスとして利用させてもらっている。交差点をショートカットして時間短縮には欠かせない位置に結構なスペースをとっているからだ。交通ルールは守りながら、有効スペースは最大限に利用する。この気儘な感覚は自動車に乗っているときには得ることの出来ない「自由」の感覚である。

休日に147に乗ったとき、ちょうど市内は二十年に一度の祭り騒ぎで、幹線道路が通行止めになっていた。何度も止められ、迂回するたびに不自由感がつのった。自動車を移動手段として考えていたときにはあきらめていた「自由」の感覚が、自転車に乗ることによって戻ってきたような気がする。
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# by abraxasm | 2007-05-21 23:18 | 自転車
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朝、表通りに面した実家の玄関から自転車を出した。アルミとカーボンの自転車は嘘のように軽い。頭にはキャップ。革のリュックに最小限度の荷物を詰め、背中に背負った。少し早めに家を出たせいか、車がほとんど走らない道にむけて自転車を漕ぎ出した。

昔はやたら重いギア比で無理して漕いでいたものだが、最近はいつも同じ程度の運動量になるようにギアを変えていくのが主流とかで、無理せず、適当に回転をさせていくよう気をつけて走る。とは言っても、往きは下り坂ばかりで、ほとんど漕がなくても加速がどんどんついて怖いくらいだ。国道に出ると、さすがに自動車の通行量も増え、車道を走っていると追い越されるたびに背筋が寒くなる。

自転車が加害者になる交通事故が増えてきて、自転車は車道を走るという原則線がより強くアピールされてきた。自転車用のレーンがないところでは、原則として路側帯のすぐ右を走らなければならない。いつもは、車ですっ飛ばしていた道を自転車で走ると、車は凶器という感覚がよく分かる。ふらついて、ちょっと右に出たらひとたまりもないだろう。しばらく走ったが、恐怖感から、歩道に乗り換えた。歩行者が誰もいないから許されるだろうという言い訳を考えながら。

しかし、歩道は歩道で問題があった。交差点になると、車道の高さに落とすために縁石が斜めに敷かれていて、通る度にガタンガタンと突き上げられる。歩道、車道、歩道と交差点が来るたびにスピードを緩めるためにブレーキを引かなければならない。車道を走っていれば、この操作は無用である。ロードバイクのようにヘルメットを着用して、車道を走るのがいちばんかも知れない。

しかし、国道以外の道は、車道を走っていても蒲鉾状で、道路の端は油断ができない。車がよくブレーキをかけるあたりでは道路がへこんで波打っている。サスペンションのないタイプを選んだから、路面の凹凸はよく拾う。ペダルに足を踏ん張ってサドルから腰を浮かして走ることで、なんとか乗り越えるしかない。

しかし、朝の澄んだ空気の中を自転車で走る爽快感は格別だ。平坦な道なら最高である。車とは違う自転車用の通勤路を探しながら、なんとかやっていこうと思っている。
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# by abraxasm | 2007-05-15 18:38 | 自転車

自転車に乗って

ついに自転車を買ってしまいました。
といってもまだ現物は来ていないのですが。連休中ですので月曜日に発注だとか。来週中には来るのじゃないかと思います。
種類としてはクロスバイクということになるのかな。マウンテンバイクとロードレーサーの中間で街乗りもできるMTB系というあたりか。
フラットハンドルとドロップハンドルの間で悩んだのですが、今回はフラットハンドルに初挑戦です。メーカーはスペシャライズド。色は昔乗ってたのと同じでブルー。
来次第、自転車ツーキニストの仲間入りです。
片道10キロにも満たない通勤距離ですから、たいした運動量にもなりませんが、少しは運動不足解消に役立つかも知れません。
ゴールデンウィークから自転車をはじめる輩をゴールデンライダーと呼ぶそうです。季節が変わって寒くなると乗らなくなる奴という皮肉なからかいの意味を込めて。
まあ、寒い日や雨の日は乗らないと思いますが、乗れる日には乗っていこうと思います。
問題は147の方です。休日にはこちらにも乗ってやらないと…。
めずらしく忙しそうになってきました。
乞うご期待。
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# by abraxasm | 2007-05-05 19:15 | 自転車

阿曽温泉

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土曜日は出勤だったので、大型連休初日は日曜日からということになる。
前日めずらしく飲み会に誘われたこともあって、朝はゆっくり起きた。東の窓の遮光カーテン越しに強い光が差し込んで、連休初日が快晴であることを知る。
珈琲を淹れて、髭を剃り、クロワッサンをかじっていると、妻が起きてきた。ゆっくり珈琲を飲みながら新聞を読み、久しぶりの休日気分に耽る。なにしろ、職場が変わったこともあって、四月の忙しさといったらなかった。ようやく、ひと月が過ぎ、職場の様子も飲み込めてきた。以前の職場と比べ、皆忙しそうに働いているので、さすがにひとり怠けているわけにもいかず、珈琲を飲む間もなく働いていたら自分のペースを見失いかけていた。ここらで一息入れなければならないところだ。

朝から洗車して147をピカピカに磨き上げた。北に走る道は幹線道路につながるため、この時期は混雑する。そんなわけで、GW恒例の南コース。日本の道百選に選ばれた南島線を走って紀伊長島まで。目指すは道の駅「マンボウ」の真鯛のあぶり焼き丼である。

桜の季節ならオープンで走りたい道だが、シャツ一枚でも汗ばむ強い陽差し。エアコンを効かせた147の窓越しに映る新緑は、天麩羅にして食べたいような薄緑の若芽が眼に眩しい。連休を海岸でキャンプしようというのか、横浜から来たキャンピング・カーがのんびり前を走る。無理はしないで着いていったら道を譲ってくれた。

海岸線に沿って延びる九十九折りの坂道から、青空を溶かし込んだような紺碧の海が見える。思惑どおり誰も走らない道を快適に走って紀伊長島に到着。ちょうど昼食時分で心配したが、運良く駐車でき、座席も空いていた。お目当ての真鯛のあぶり焼き丼の食券を買って待つことしばし。運ばれてきた丼を見ると、刺身と焼き魚の中間ほどの白さにあぶられた鯛の切り身が七、八切れ、細切りの海苔を散らした酢飯の上にのって出てきた。山葵醤油に浸して酢飯と一緒に頬張ると、淡泊と思いきや絶妙にあぶられた鯛ならではの旨味が口いっぱいに広がる。ゆっくりと味わうつもりがあっという間に平らげてしまった。あおさ入りの味噌汁と沢庵が付いて800円。これはお値打ちである。

さて、食事をすませるとすることがなくなってしまった。店の前にある熊野灘臨海公園で、一休みしたあと、古里温泉を探しに車を出した。看板どおりに走って着いたところが古里海岸。海水浴にはまだ早い砂浜にはキャンプの支度をしている車が一台停まっているばかり。近くにあった看板には目指す古里温泉を示す矢印があるのだが、よく見ると物置に立てかけてあるだけで、肝心の方角が分からない。海辺の集落だけに道は狭く、どこに続いているかも分からない。今回はパスして、42号線に戻った。

帰りは荷坂峠を越えるルートを取り、八べえさんお薦めの阿曽温泉に寄ってみることにした。阿曽にはいるとそれはすぐ見つかった。廃校になった小学校の木造校舎を再利用したとかで、内部は新しく改装されていたが、兵舎を思わせる素っ気ない造りが昔の小学校の面影を残している。用意していなかったので、タオルを買って入った。

温泉といっても、もとが教室だった訳だから、そんなに広くはない。浴槽は一つきりで洗い場もわずかである。露天があるわけでなし、最近の日帰り温泉の至れり尽くせりぶりから見れば愛想のない造りといえる。それでも、浴槽の前には小学校につき物の桜の木が若葉をつけ、垣根越しに田植え前の水を張った田圃が広がる長閑な風景は、なるほどのんびりしている。限られた人数しか入れないから、浴室内も静かで気が休まることはこの上なし。八べえさんが気に入ったわけも分かるような気がする。桜の時分だったら、湯に浸かったまま花見ができるわけだ。来年の四月にはまた来ようと思った。

保湿クリームを持たずに温泉に入った妻のために、道の駅に隣接するスーパーでクリームを買ったついでに、切らしていたワインも調達し、帰り道を急いだ。丸太小屋を作っていた頃は毎週通った道だが、久しぶりに走るとなんだか懐かしい。花粉の季節もそろそろ終わりだ。テラスで珈琲が飲みたいというリクエストもあることだし、たまには風を入れに行かないといけないな、と思いながらハンドルを握っていた。
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# by abraxasm | 2007-04-29 17:58 | 日帰り温泉

私のハードボイルド

e0110713_19305157.jpg「固茹で玉子の戦後史」の副題を持つ小鷹信光氏の新刊書である。「ハードボイルド」という言葉が、この国にどのように受容されるようになったか、を自分の半生とからめながら書ききった労作と言えるだろう。

ハメットの翻訳家としても知られる氏は資料収集マニアとしても知られ、ハメットやチャンドラーを輩出した伝説の雑誌「ブラックマスク」をはじめとする推理小説関連の資料や映画関係の資料、アメリカ語についての資料などを多く所有している。それらの資料の山の中から、これと思った記述を豊富に引用しながら、ハードボイルドと呼ばれる小説の変遷を物語るのだから、面白くない訳がない。

片岡義男や田中小実昌との交遊や大先輩である双葉十三郎のインタビューもまじえ、日本の推理小説の中に新しく入ってきたハードボイルドの波が、江戸川乱歩などからは疎んじられながら(チャンドラーの文章力は認めていたが)、次第にひとつの流派を形成するようになりながらも、ハメット、チャンドラー、ロス・マクドナルドをついに越えられず、やがて衰退していった歴史が、その渦中にいた者だけが持つことのできる熱い視線で語り尽くされている。

小鷹氏自身が命名者であったネオ・ハードボイルドと呼ばれる流派がネオであるが故に(マーガリンと同じで)本物とは及びもつかない出来と評されたり、およそこの国ではひとつの流派が登場すると、変化を求める者と頑なにそれを信奉する人々との間に軋轢が生じる。その間の事情も客観的に論評している様子に好感が持てる。

村上春樹が、かなり以前から『長いお別れ』を読み返しており、単なるハードボイルド小説としてではなく、都市小説としてとらえているという指摘は新鮮だった。そういう視点からの今回のや翻訳であったのかと合点がいった次第だ。清水訳の欠落箇所についての指摘は随分以前からなされていたこともよく分かった。

マーロウの名科白である「さよならを言うのはわずかの間死ぬことだ(清水訳)」を、村上春樹は「さよならを言うのは少しだけ死ぬことだ」と訳しており、こちらの方が正解だと小鷹氏は言う。本書が書かれた時点では村上訳はまだ世に出ていないが、氏がそれにかなり期待していたことがよく分かる。

大沢在昌や矢作俊彦の名前も出てくるが日本のハードボイルドについてはあっさりと触れている感じがする。同期であった大藪春彦の学生としてのデビューについては、かなり刺激を受けたようだが。

ハードボイルドがアメリカのスラングなどではなく、標準英語としてちゃんと辞書に出ていたことをはじめて知った。また、実に様々な意味を持っていることも。ヘミングウェイ自身がハードボイルドという言葉を文中に使用していることも、様々な訳者の競作で採り上げられている。一翻訳者の自伝でもあり、ハードボイルド小説論としても読める。ハードボイルドファンには必携の一冊。
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# by abraxasm | 2007-04-14 19:22 | 書評

休肝日

どこかの学者が研究したところによると、毎日酒を飲み続けている人の死亡率は、そうでない人の1.5倍から1.8倍にあたるという結果が出たそうだ。酒を飲んで死期が早まるのは覚悟してはいたが、癌による死亡率となると、ちょっと考えてしまう。父も兄も癌で死んだ。二人とも酒好きで、きっと休肝日なんかとっていなかっただろう。

命が惜しくなったわけではない(正直なところ、ちょっとは惜しい)が、そうそう癌にやられるのも片腹痛い。晩酌をはじめてから、酒を飲まなかったのは咽頭炎で入院した一週間だけだったから今さら遅いとも思うが、ものは試しで、金曜日は一日飲まなかった。これだけ飲み続けていると、酒を飲まないと眠れないものだが、そこはよくしたもので、花粉症の薬のせいで酒がなくても結構眠れるのだ。

こんなことなら、毎日抜いてもいいと思ったのだが、妻が白磁のぐい飲みを手に入れたばかりで、どうにも飲みたいらしく、ついお相伴にあずかってしまった。それでも、ナイトキャップはがまんしたので、正一合くらいか。これなら飲んだうちには入らない。

朝の目覚めもすっきりするし、ものごとにやる気が出るのには驚いた。お客さんが来るので荷物を放り込んだままの部屋を掃除し、使っていない二人の息子のベッドを二段に戻し、空いたスペースにソファベッドを入れた。下の息子が帰ってきたら、これで寝てもいいし、上の部屋の二段ベッドを使ってもいい。たまった綿埃も掃除機で吸いとったので、気分がすっきりした。

外山滋彦が書いていたが、人の脳は目覚めの前の半覚半睡時に発想がひらめくことが多いという。酒を抜いてみると、たしかにそうで、その日の一日の仕事を考えるでもなく考えているうちにいくつかのアイデアを得た。そういえば、以前はこんなこともあったのを思い出した。花粉症の季節が過ぎ、薬がきれても眠れるなら、酒の量はずいぶん減らせるのではないだろうか。

しかし、死亡率が下がることより、仕事の作業能率の上がる方がうれしいというのでは、アルクホリックより、ワーカホリックの心配をした方がいいのかもしれない。なんだかだといっても、結局自分もまた働き過ぎの日本人なのだ、と思ったことであった。
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# by abraxasm | 2007-04-10 18:22 | 日記

三国越林道

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いい天気になったので走ってきました。三国越林道。
滋賀、京都、三重の三国の境界を越えるのでこう呼ばれているのでしょうか。
たしかに林道の道端には桜並木が連なり、伸びた枝がトンネルをつくっていました。
ただ、麓の桜は満開なのに、林道の桜はまだ咲き始めたばかり。
あと一週間もしたら、満開になるのではと思います。
展望台まで上ってから、来た道を引き返し、信楽にある美術館を訪ねました。
三国越林道の桜は、少し早すぎましたが、沿道の桜は今が満開で日本の山里の春を満喫することができました。
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# by abraxasm | 2007-04-08 19:09

五十鈴川の桜

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遠出をしようと思っていたところへぽつりぽつりと雨が…。
近くの桜に河岸を代えて、花見客見物に出かけました。
宮川河畔の桜の方が有名ですが、借景に恵まれているのはこちらの方かも。
背後に見えているのがスカイラインの通っている朝熊山です。
この間知人に聞いた話ですが、有名なソメイヨシノは交配種であるため、そろそろ種としての寿命が尽きてきているとか。
そうなれば、日本各地の桜の名所からいっせいに桜の花が消えるのでしょうか。
久しぶりに洗車したと思ったらあいにくの雨。明日は晴れたら三国越林道に桜見物に出かけようと思っています。
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# by abraxasm | 2007-04-07 19:20

覚え書き


by abraxasm