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e0110713_1636111.jpg e0110713_16354052.jpg「おれたちの子供はおれたちの行動から生まれる。おれたちの偶然が子供の運命になるんだ(十八字分傍点)。そうさ、行動はあとに残る。つまりは、ここだってときに何をするかだよ。最後のときに。壁が崩れ落ち、空が暗くなり、大地が鳴動するときに。そういうときの行動がおれたちの人間性を明らかにするんだ。そしてそれは、おまえに視線を注ぐのがアッラーだろうがキリストだろうがブッダだろうが、あるいは誰の視線も注がれていなかろうが、関係ないんだ。寒い日には自分が吐いた息が見える。暑い日には見えない。でもどちらの場合も息はしてるんだ(七字分傍点)」

ベンガル人のサマード・ミアーには学歴があったが、従軍中の事故で右手が不自由なため、やむなく従兄弟の店でウェイターをしている。サマードは、敬虔なムスリムとして生きたいと思いながらも飲酒や手淫、浮気といった罪から逃れられない。アーチーはイギリス風朝食と日曜大工を愛する白人。優柔不断で、何かを決める時にはコイン投げに頼る。イタリア人の前妻に逃げられ、自殺を試み失敗した後、コミューンで出会ったジャマイカ出身の美しい黒人娘クララと再婚した。第二次世界大戦の終末を遠い異国で共に迎えた二人は、女房そっちのけで、始終オコンネルズというアラブ人が経営するカフェで顔を突き合わす毎日。

いろいろな国からやってきた移民が集まるロンドンの一地区で暮らす二組の家族に、もう一組ドイツ・ポーランド系のリベラルなチャルフェン一家がからんで起きる家庭騒動を、コミカルななかにも辛口の諷刺を利かせた、とびっきり愉快な英国流風俗小説である。移民にはそれぞれ異なるアイデンティティがある。宗教がちがえば、夫婦関係のあり方や子育ての仕方も異なる。そこから生じる実に様々な齟齬が、ほとんどマンガチックと思えるほど戯画化され、極端から極端に走る子どもたちの行動が、英国だけにとどまらない、信仰と科学、イデオロギーの衝突といった諸々の現代的な問題を引き起こす。

ジャマイカ系のクララは「エホバの証人」の熱心な信者である母を嫌い、ヒッピー仲間のコミューンに逃げ込んでいてアーチーと出会った。母は、今でもランベス自治区でクララのかつてのボーイフレンドであったライアン・トップスと布教活動を共にしている。そのライアンの計算によれば、世界の終りは一九九二年十二月三十一日に訪れる。二人はクララの娘アイリーにそのことを警告する電話を何度もかけてよこす。

サマードの双子の息子、マジドとミラトは二人とも類い稀な美貌の持ち主だ。ただ、それ以外は正反対。成績良好でイギリス人たらんとする学者肌のマジドに比べ、弟のミラトはマフィア映画にかぶれ、デニーロやパチーノの真似をし、ギャング仲間を引き連れて歩く不良少年だが、やたらと女性にもてる。ファミリーという集団に固執するミラトはイスラム系の過激な集団KEVINと行動を共にするようになる。同じ頃、チャルフェン家の当主マーカスの秘蔵っ子となったマジドは大晦日に行なわれる科学イヴェントに向けて準備を進めていた。

遺伝子工学で癌細胞を移植したマウスの公開実験を目的とするイヴェントは、神の意志に背く行為として反対を唱えるエホバの証人やKEVINの他に、動物愛護を唱える団体FATEからも攻撃されていた。そこには運動を主催する女性に魅かれて仲間になったマーカスの息子ジョシュアもいた。こうして、三家族の子どもたちがそれぞれの立場から、マーカスとマジドのイヴェント阻止に向けて一気に行動を起こす。

自分たちの主義主張が正しいと信じて行動に飛び込んでゆくのは、若者の特権のようなものだが、自分たち以外の人間の思想や信仰、慣習を認めない不寛容さは、多様性を認めない窮屈な世界を現出してしまう。大人になれば、その性急さも理解でき、一歩離れた位置から見直すこともできる。一概に愚かしさを責めるのではなく、カリカチュアライズすることで、相対視させるのが、ゼイディー・スミスの真骨頂だ。

笑われているのは若者だけに限らない。カルト的な宗教者やタコツボ的な視野でしか周りが見えない科学者、せっかくイギリスでの生活を選びながら生国の縛りから抜け出せずにいるサマードのような移民たちも同じだ。それらをいかにも滑稽に描いてみせるが、上から目線で見るような意地の悪いものではない。自身英国とジャマイカ生まれの父母を持つスミスの視線には心ならずも移民となった世代に寄せる愛情がこめられている。

自在に回想を挿入し、時代や空間を自由に行き来するスミスだが、収拾がつかないほどこんがらがっていた多くのエピソードが次第に一点に集まってきて大団円を迎える展開は、しっかりしたプロットあってのことである。多少あざとくも見える結末のつけ方も、巧妙に張りめぐらせた伏線のせいもあって、不自然さを感じさせない。これが大学在学中の作品だというからその才能の豊かさには驚くよりほかはない。なにより、アーチーやサマードをはじめとする中年男性のセックスその他のどうしようもない生態が、あからさまにされているところに驚きもし、感心させられる。うら若い女性作家の筆になるとは到底思えない。こうした才能が歳を重ねたらどんな作品を書くのだろう、と末恐ろしくも楽しみなことである。
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by abraxasm | 2016-02-23 16:38 | 書評
e0110713_1551345.jpg小説が突然そこで断ち切られたように終わると、二十歳過ぎの青年の若さゆえの思いこみが招きよせた片恋の、そのあまりにも過酷に過ぎる結末に、それまで行間に漂っていたはずのやるせなさのようなものが、ざらりとした荒い手応えを感じさせるものに一瞬にして変容してしまう。それと同時に、それまで前面には出てこなかった政治的な地平が一気に前面に躍り出て、アンデス高地の鄙びた村々で演じられる劇をユーモラスなタッチで描いた、ハートウォーミングな物語が一種の隠れ蓑であったことにあらためて思い至る。三人だけの移動劇団が舞台にかけていた劇のタイトルは『間抜けの大統領』。初手から意図は丸見えにされていたのだ。

舞台はペルーを思わせる国の首都。時は内戦から二十年を経過した2001年。内戦のさなか、芸術学校の学生を中心にした「ディシエンブレ(十二月)」という劇団が生まれ、紛争地域を巡り歩いては「人民のための演劇」を実践した。英雄視するものもあったがテロと同一視するものもいて、主演兼劇作家のヘンリーは逮捕され「収集人街」という監獄に収監される。獄中にあっても囚人仲間と芝居をするなど意気軒昂であったヘンリーはやがて釈放される。だが、同房のロヘリオは、軍による「収集人街」砲撃により、他の仲間とともに殺される。

その日以来、演劇から身を引いたヘンリーは教師として暮らしていたが、かつての仲間パタラルガから劇団結成二十年を期して『間抜けの大統領』再演を執拗に請われ、新しい仲間のオーディションを行なう。芸術学校の卒業生で俳優志望のネルソンが大統領の息子役に選ばれ、三人は地方公演に出発する。学校の講堂や店の一部が借りられたら儲けもの、晴れた日なら野外のテント公演。二、三十人程度の観客を相手に演じ、終われば客も車座になっての宴会。芝居などめったに見たことのない観客からの拍手と歓待は、この小説の中でいちばん心温まる場面だ。

三人の俳優の人物像が、役柄とダブる。宿の手配をしたり、上演準備をするのは召使役のパタラルガ。かつては町一番の劇場だったが、いまやポルノ映画館と化した<オリンピア>の所有者だ。彼は内戦時代の巡業公演の熱気が忘れられない。ヘンリーに憧れて演劇を始めたネルソンは、首都は忘れろというヘンリーの言いなりで、恋人に電話することもできない。大統領役のヘンリーは、バスでの移動中も荷物はパタラルガとネルソンに担がせ、すっかり大統領気分だ。上演スケジュールを勝手に変更し、近隣の「T」という町に行くことを決めたのもヘンリーだった。「T」はロヘリオの生まれ故郷。実は二段ベッドの上と下で空想の中で女を抱くイメージを共有するうち、ヘンリーとロヘリオは愛し合うようになっていたのだ。

ヘンリーの突然の訪問が、息子の死を知らされていなかった母親にパニックを引き起こし、ヘンリーはロヘリオの兄ハイメに殴る蹴るの暴行を受け、一座は解散。ヘンリーとパタラルガは首都に帰るが、ネルソンをロヘリオと信じ込んだ母親の認知症の容態が安定するまで、ハイメの要請により、ネルソンは「T」に留まってロヘリオ役を演じることに。しかし、約束の期限である二週間が過ぎてもハイメからは何の音沙汰もない。電話で恋人の妊娠を告げられたネルソンは痺れを切らしてしまう。しかし、這う這うの体で首都に帰ったネルソンを待っていたものは無残な現実だった。

内戦の時代を知る世代が、当時に寄せる思いにはノスタルジーとばかり決めつける訳にはいかない切実な思いがある。世界中が何かが変わる予感に溢れていたのだ。閉塞感の強い内戦後の世代の主人公にとって、ヘンリーやパタラルガと旅公演に出ることは、新しい世界への出発を意味していた。しかし、過去はいつまでも付き纏い、因果はめぐりめぐって若いネルソンの上にふりかかる。アンデス高地の牧歌的な祝祭に満ちた旅芝居は、その宿縁ゆえに新しくできた街に蔓延る悪徳と無縁ではいられず、父として生きようと願うピュアな若者の想いは空回りして、周囲を巻き込んでゆく。

ヘンリーとパタラルガが舞台を降りるのと相前後するように、「僕」が舞台に登場する。首都に住んでいる「僕」は用があって生まれ故郷の「T」に帰ってきていた。第二部まで純然たる語り手だった「僕」は、第三部では登場人物の一人となって、ネルソンと対面する。ただ、この時点での「僕」は、これから何が起きることになるかは何も知らない、ただの通りすがりに過ぎない。この小説は、のちに雑誌記者となった「僕」が、今首都で話題になっている事件が、あの時の「T」での騒動に端を発したものだと知ったことをきっかけに取材を重ねた結果を記した体裁になっている。

構造的には、語り手の「僕」がメタレベルから次第に作中の次元に降りてくる仕掛けがおもしろい。第一部では単なる語り手であったものが、最後の第五部では登場人物の一人として主人公と対峙するまでその存在感を高めるのだ。語り手が登場人物と同じ平面に立つということは、自分を虚構のなかに繰り込むということであると同時に、一方では虚構の中の存在であった人物を現実存在として抜き出してくることでもある。それまでのネルソンは「僕」の想像するとおり考え、行動していたわけだが、同じレベルに立てば、そうはいかない。現実存在と化したネルソンは、「僕」などが想像できるような人物ではなくなっていた。彼をそこまで変えたのが「収集人街」という「監獄」が象徴する現実の社会に存在する悪であったことはいうまでもない。

社会の大きな変化が個人に及ぼす力、自己と関わりを持つ多くの他者との関係性、演劇と実人生、ひいては芸術と人間、といった大きなテーマが、どちらかといえば内向的な青年の疾走する青春を描いた小説の中で何度も繰り返し考えることを訴えてくる。これが長篇第二作というから畏れ入る。デビュー作『ロスト・シティ・レディオ』が読みたくなった。
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by abraxasm | 2016-02-16 15:51 | 書評
e0110713_14341337.jpg久し振りの長篇小説と思って楽しみに読みはじめたが、十三章のそれぞれには表題が付されていて、それぞれが独立した短篇としても読めるようなつくりである。いかにもこの作者の書きそうな独特の気配がしている。給費留学生として渡仏していたおりに見聞きしたことをエッセイ風に書いた小説が評判を呼び、一気に人気小説家となった堀江敏幸だが、フランスを舞台にしたエッセイ風の小説をしばらく書いた後は、エッセイや書評にと手を広げ、日本を舞台にした小説も何篇か書いている。

作家であるからには、小説らしい小説を書くのも悪くはないのだが、この人の持ち味は、よくいえば趣味のよい調度や小物を適宜配した書割の中で、どちらかといえば不活発な人物が、地方の郊外都市なんぞをうろつきまわるうち、印象的な事物に出会い、心のなかに浮かび上がってきたよしなしごとを書きつけた、といった手合いのものがいちばんそれらしい。これといった筋のある、構成のかっちりした物語めいた小説は、他の作家でも間に合う。何も堀江敏幸の手を煩わせることはないのだ。

そんなわけで、愛読者の一人としてはフランスの地方都市を主な舞台にとった今回の作品は、その手法といい、作品世界といい、手ごろな長さといい、長らく待ち焦がれていたものといえる。かつて給費留学生当時、古物商の店で手に入れた、シュルレアリスム詩のような文章が書かれた絵葉書をモチーフに、連想と類推を駆使して、1930年代フランスに暮らした一会計検査官の肖像を描こうという試みである。差出人は、アンドレ・ルーシェ。名宛人は、北仏の工業都市に住むナタリー・ドゥパルドンという女性。

半世紀以上も昔のことだ。美しい書き文字で矩形に収まるように十行きっちりにまとめられた詩篇は、抽象度の高いものだが、アンドレ・ルーシェは有名無名に関わらず、詩人ではなかった。気になった「私」は、古絵葉書を商う店を訪ねては、同じ絵葉書がないか、手がかりを捜し求めるようになる。その探索の経緯が十三の章に描かれる。何年もの時間が経ち、探索行の途中で出会った人々はやがて、懐かしい人となり、便りを通じてその後の様子を知らせあうこととなる。

異国での、人と人との出会いは、この国のそれとはちがって、単刀直入でもあり、それだけに心に残る肌触りを感じるものでもある。クスクスのような料理や、バン・ショーのような飲み物。醗酵臭の強いチーズ。隣の部屋から聞こえてくる祈りのための音楽、といった五感に迫る対象を手際よく配し、フランス人ばかりでなく、アルジェリア人、コンゴー人ら、何かと陰影のある人物像をそつなく描き出す、その手際は相変わらず達者なものだ。しかし、なんといっても中心となるのは、シュルレアリスム風の詩のような文言である。

引き揚げられた木箱の夢
想は千尋の底海の底蒼と
闇の交わる蔀。二五〇年
前のきみがきみの瞳に似
せて吹いた色硝子の瞳を
一杯に詰めて。箱は箱で
なく臓器として群青色の
血をめぐらせながら。波
打つ格子の裏で影を生ま
ない緑の光を捕らえる口

この謎めいた文言を、「私」は読み解いてゆく。何年もたってフランスから送られてきた包みにかけられていた十字の麻紐を見て、一行目の「木箱」というのが、レジスタンス運動に関わっていたルーシェが通信用に使っていた古井戸の中にあった木箱を指すのでは、と思いつく。万事がこの調子だ。確かな手がかりというものはない。故人の知人の昔話を聞きながら、火事を映した静止画のフィルム映像を見ながら、連想の枝を伸ばし伸ばしして、詩を読解してゆく。勿論それは単なる解釈でしかない。しかし、読むという行為は、そういうものである。読者もまた、このテクストを通じて同じような行為をしているわけだ。

ミステリめいた謎を提示しておきながら、謎は最後まで解かれることはない。あれやこれやの解釈が幾通りも示され、次第にひとつの像に結ばれてゆくようにも見えるけれど、半世紀も前のフランスの出来事は、シュルレアリスム風の詩にも似て漠としてつかみどころがない。そうしていかにも覚束ない詩の読解から連想されているものが、戦争であり、レジスタンス運動であり、「私」がかつて携わった日仏の使用済み核燃料移送に関わる書類の翻訳であったり、とふだん声高に物言いすることのない、この作家にはめずらしい政治的な色彩である。

十三章で一区切りをつけただけで、どこまででも書き継いでいけるような、連作短編集の趣が強い長篇小説。「読む」という行為について、どこまでも思索を深めていこうと考える読者には得るところの多い作品である。研ぎ澄まされた文章は、独特の魅力があり、いつまでも味わっていたくなる。一息に読んでしまうのは惜しく、毎日一章ずつ読んでは、続きを楽しみに栞を挟んだ。瀟洒な装丁が心憎い、本を読む愉楽に誘う一冊である。
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by abraxasm | 2016-02-13 14:34 | 書評
e0110713_13273143.jpg表題はメイ・サートン『独り居の日記』から。川本三郎は自作のタイトルのつけ方が上手い。アッバス・キアロスタミ監督の映画タイトルをちゃっかりいただいた『そして、人生はつづく』の続篇が、この『ひとり居の記』。どちらも、漢字を仮名にしたり、読点を入れたりすることで、リスペクトする原作とかぶらないように気をつけている点が、本好き、映画好きの作家らしい配慮。

本や映画ゆかりの地を訪ねて、ひとり汽車に乗り、地方に残る昔なつかしい町を歩く旅を紹介する、このての本はいくらでもあるように思うのだが、ついこの人の本だと手にとって読みたくなる。名所旧跡はおよそ登場しない。グルメにも興味がない。それでいて小さな町の公立図書館を訪れて、自作が何冊所蔵されているのか検索してみたりする。この無邪気さがいい。ちなみにわが市の図書館で検索をかけると、共作を含め約百冊が所蔵されているから、たいしたものだ。

名所旧跡やグルメの代わりによく登場するのが、駅舎である。鉄道ファンなのだ。ハーフ・チンバー様式のしゃれた山小屋風の駅舎の写真が載っている。わざわざ写真にするほどの駅舎か、と思ってしまうくらいの建築なのだが、好きな人にはたまらないのだろう。年齢のせいか、近頃は寺や神社に関心が出てきたらしく、古墳や神社の森がモノクロームの写真で収められている。『我もまた渚を枕』の頃は、よくぶらりと銭湯に入ったりしていたものだが、遠くまで足を伸ばす旅がふえたからか、これもまた年齢のせいか、湯上りの一杯のビールが消えたのがちょっとさびしい。

荷風散人を手本にしての下町歩きからはじまった川本三郎の町歩きも、少しずつその範囲を広げ、今回は北海道や鹿児島はおろか台湾にまで足を伸ばしている。しかも、めずらしいことに車まで使っているのには訳がある。新幹線が通るようになったことが話題になる背景には、地元民の足であるローカル線の廃線が続く問題がある。以前なら鉄道で行けたところが、今では車を使わなくてはたどり着けなくなってしまった。初出は「東京人」という雑誌だが、東京のことはあまり出てこない。もっとも「東京人」は、アメリカの「ザ・ニューヨーカー」に倣ったネーミングだ。話題は東京に限ったことではない。

鉄道ファンではないので、駅舎も高架レールも、それだけでは特に面白いとは思わない。ただ、さすがは映画評論家。地方の小さな駅が映画に出ているのによく目をとめている。けっこう映画は好きなほうだが、たかだか何カットかの場面に出てくる駅を記憶しているのはすごい。映画の話は多いので、それを話題にするときりがないのだが、ひとつだけ。久し振りに映画館でキャロル・リード監督の『第三の男』を観たときの話。

いま市販されているDVDはアメリカ側のプロデューサー、デヴィッド・O・セルズニック版だが、その日、上映されたのは、イギリス側のプロデューサー、アレクサンダー・コルダ版だった。この二つ、有名な冒頭のナレーションの語り手が異なっているというのだ。『第三の男』は、回想譚だから冒頭のナレーションは物語を誰の視点で語るのかを示すものだ。セルズニック版では、ジョセフ・コットン演じるアメリカ人作家。コルダ版ではトレヴァー・ハワード演じるイギリス人大佐(声は、キャロル・リード)だという。

アメリカ版は、観客を意識して、語り手を自国人にしたのだろうが、リアルタイムで観ていなかった評者などは、当然のことながらジョセフ・コットンの視点で映画を見ていた。本来のイギリス版で観ていたら、どんな感想を持っただろう。川本三郎は「すごくこまかいことだが」とことわりを入れているが、これはけっこう大きいことだと思う。

ひとつだけ気になることがある。ソウルフードという言葉の使い方だ。川本氏のお気に入りの回転寿司店のことを講演会の主催者と話したとき、「「あそこは盛岡の人気店ですよ」と教えてくれた。福田パンと並ぶソウルフードらしい」というところ。確かに、近頃では日本各地でいろいろとソウルフードと呼ばれる食べ物が出てきている。けれど、福田パンはともかく、もともと、その地でなければ食べられないというものではない回転寿司を、ソウルフードというのはどうだろう。お気に入りの店なのかもしれないが、これでは贔屓の引き倒しにならないか。

これで終わると、なにか文句をつけているように思われるといけない。いかにも川本三郎というエピソードを紹介して終わることにする。猫好きの川本氏だが、今はマンションに独り住いで、おまけに仕事柄旅することが多く、飼いたくても猫が飼えない。そこで猫に会いに行く。福島で開かれた岩合光昭氏の写真展では会場に「いわき街ネコ」人気投票というコーナーがあった。来館者が気に入った「街ネコ」の写真に一票を投じるのだが、「いちばん票の少ない猫に一票入れた」という。敗者に肩入れせずにはいられないところが、いかにも川本三郎である。
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by abraxasm | 2016-02-04 13:27 | 書評
e0110713_1118720.jpg演劇界において、今も「つか以前」、「つか以後」という言葉が残るほど、不世出の演劇人つかこうへいの「正伝」である。つかこうへい率いる劇団の役者、スタッフの一人として、そのあまりにも伝説的な芝居がどうやって作られていったのかを間近に体験した者でなければ到底書き得なかったであろう。どちらの意味でも「あつい」本だ。

なぜ、この本が書かれねばならなかったかは、前書きに詳しい。ひとつは、つかに関する論議の中心が、90年代以降に偏っていることに対する不満である。つかこうへいについて語ろうとするなら、演劇に関わるようになってから劇団解散までの時期をこそ問題にしなければならない、というのだ。事実、評者が、つかこうへいについて思い出すのは、沖雅也が銀ちゃんを演じた『蒲田行進曲』からである。テレビで二枚目役を演じる俳優の思わぬ熱演振りに、この役者をこうまで変えた、つかこうへいという人間に興味が湧いたのだ。その後も牧瀬里穂や阿部寛といったルックスで認められたタレントが演技派に開眼していくのを不思議な思いで見ていた。

いまひとつは、在日韓国人という出自から、その名前「つかこうへい」が、「いつか公平」から来ている、だとか、『熱海殺人事件』のなかで犯人役の役者が胸につける「金」の字には意味があるといった、諸々のとってつけたような後づけの解釈に対する異議申し立てがある。よく知られるように、つかの稽古は「口立て」で行なわれる。台本にあるセリフを役者がしゃべるのに対し、つかが駄目だしをするのだが、そのすべてをつか自身が口に出し、役者はそれを復唱する。その際に役者とつかの間で何かの反応が起き、セリフはどんどん変化し増殖してゆく。その結果、元の台本など跡形もなくなってゆくのだ。

つかこうへいの芝居にあっては、一般の劇で考えられるような、戯曲が先にあって、それをもとに演出家が役者に演技指導をするというプロセスをとらない。だから、同じ演目であっても、役者が替われば、まったく別の芝居になってゆくことも多い。つかが同じ演目を何度も舞台にのせるのはそこに面白さを感じているからであって、それが特徴的なのは、つかこうへい劇団を解散した後、活動を再開した90年代ではなく、第一期(1968―1982)である。ところが、それをリアルタイムで見聞している関係者は限られている。つかの死後、誰かが、それを語るべきだと考えてきた仲間の要請で、この本は書かれた。もともとはムックのような体裁を考えていたものが、このように厚い評伝となったのには、書き手の側の熱い思いがあったからだ。

それにしても、つかこうへいという人物には尋常でないところがある。稽古で役者を徹底的にいたぶり、侮蔑し、立ち直れないほどのダメージを与えておきながら、翌日にはすっかり忘れたような扱いをしたり、役者が稽古で上手に演じ、少しそれが鼻につき始めたとたん、それが主演であってもを交代させるなど、人の気持ちなどまったく無視した冷酷な仕打ちをして見せたりする。かと思えば、ずっと自分のしたことを覚えていて、何年もたってから、それに見合う何かをプレゼントしてみせる。傲慢なようでいて繊細な気遣いを併せ持つ。そばにいたら迷惑しそうなキャラクターである。

著者は、早稲田に入学する以前から、つかと面識があった。当時つかは慶応に籍を置きながら、早稲田小劇場の鈴木忠志に台本を見てもらったりしていた。その頃から、商売上手なところがあり、少しずつ名が売れてゆく。人の褌で相撲をとることが上手い、つかのやり方は、傍目から見れば傍若無人だが、人たらしの名人で、周りの学生仲間はいつのまにやら好いように手玉に取られ、つかのやることに巻き込まれてゆく。それに対して不満を持つ者は、三浦洋一のように初期からの中心メンバーで、主演級の役者であってもいつか離れてゆく。最後まで離れずにいた者でなくては、これだけの評伝は書けなかっただろう。

つかの芝居には幾つもの捩れ、屈折がある。感情をむき出しにした長台詞が特徴的だが、一つのセリフの中でも、自分を哀れんで見せたかと思うと、すぐにそれを自ら笑いものにしたりする。人間としての感情の振幅が激しく、その振れ幅が異常に大きいのだ。それだけに傍にいる者は、近づきすぎれば火傷をし、何日もその傷みは引かない。が、しばらく会わないでいると無性に恋しくなるような、そんな人だったらしい。

著者は舞台の照明もやれば、小説を書く作業の協力者として、現場取材をこなし、時には執筆にも携わった。しかし、何よりも俳優として、「長谷川やってみろ」と、声がかかり、『蒲田行進曲』の銀ちゃん役を稽古で演じながら、最後の最後で風間杜夫に代えられてしまう。しかし、それを憾むのでなく、風間の演技をちゃんと認める。芝居が好きなのだ。もちろんのことながら、これはつかこうへいの一時期を克明に描いた評伝である。しかし、それだけにはとどまらない。これはある時代の日本の演劇界に生きたひとりの人物の目を通して描かれた若い役者たちの群像劇でもある。

『蒲田行進曲』初演の舞台で小夏役を演じた根岸季衣が映画に呼ばれなかったのを気にして、つかはネックレスを贈ったという。つか一流の気遣いだが、四万七千円のそれが、つかにかかると四十万にも五十万にも話がふくらんだことを、根岸は笑いながら明かしている。いかにもありそうなエピソードだ。他にも石丸謙二郎がサーカス巡業のアルバイトが楽しすぎて、つかの呼び出しに答えようとしなかったとか、信じられないような逸話が、これでもかというくらい満載されている。つかこうへいをよく知らなくても、存分に楽しめる一冊になっている。
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by abraxasm | 2016-02-03 11:18 | 書評

覚え書き


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