<   2015年 04月 ( 11 )   > この月の画像一覧

e0110713_11271087.jpgジョアンナ・ラコフの『サリンジャーと過ごした日々』を読んで、久し振りにサリンジャーが読みたくなった。書棚を探すと黄ばんだ新潮文庫版の『ナイン・ストーリーズ』(野崎 孝訳)が見つかった。自分で購った記憶がないから妻の持ち物だろう。たしか柴田元幸による新訳が出ていたはず。新旧訳を比べてみるのも面白かろうと、読みはじめたところ、よく分からないところが出てきて、ついに原書まで注文する破目となった。

サリンジャーが売れ出す前に書いた習作を含む作品群のなかから自ら九篇を選び出して一冊にまとめた初期短篇集、以後この九篇以外の初期作品はアンソロジーなどに収録することを一切許さず封印してしまう。いうならば定本である。サリンジャーの作品をすべて読みたいと思ったら、初出掲載誌を探して読むしかない。人前に姿をさらすことがなく、寡作で「ハプワース」以後新作を発表しなかった作家だけに、その世界の成立過程を知る上で貴重な資料となる一巻である。

数ある初期短篇から選び抜かれただけに、なるほど完成度が高い。いかにも「ニュー・ヨーカー」の読者層が好みそうな、気の利いた会話や都会的な風俗のスケッチが続き、つい気をゆるして読んでいると、最後に切って落としたような結末が待ち受けていて、読者を凍りつかせる。感傷性を排した語り口は残酷で、自意識のない人物に対しては仮借なく、その俗物性を暴き立てる。一方、小さな子どもや弱い立場にいる者に向ける視線にはシンパシーが溢れる。

巻頭を飾る「バナナフィッシュ日和」には、グラース家の記憶の中に生き続ける伝説的な長男シーモアが、繊細な横顔を披露している。戦争後遺症から立ち直れない夫と旅行中の娘が心配性の母親と電話で交わす会話から場面は一転、渚で少女と戯れるシーモアのイノセントな姿に切り替わる。シーモアの剥き出しにされた神経が痛みを感じないのは無垢な少女を相手にした時だけらしいことが読む者に伝わってくる印象的な場面だ。しかし、透徹したシーモアの目は幼い少女の中に潜む残酷さや、妻や義母と共通する女性の嫉妬心を見てしまう。見え過ぎる目を持つ者の悲劇である。

「ディンギーで」には、グラース家の長女ブーブーが母親になって登場する。幼いライオネルが桟橋に繋いだ小型ヨットから降りてこない。家出常習者の息子と懐柔策を弄する母子のやりとりが楽しい。家出の原因はユダヤ人である父を貶める家政婦の一言をライオネルが聞いてしまったこと。アメリカはWASP中心社会である。差別的な陰口を利くことで使用人は裕福なユダヤ人を見返したつもり。言葉の理解すら覚束ない幼い子どもの世界にも差別は及んでいる。小さいながらもそんな世界に否を唱える息子を母の愛が包む。グラース家の系譜がここにも。

佳篇だらけの本書だが、一篇を選べと言われたら迷わず「エズメに――愛と悲惨をこめて」を推す。大西洋を挟んだ米英二国間の距離と戦中戦後の時間軸を操作した構成の妙味もあるが、人間から人間らしい感情というものを奪ってしまう戦争のさなかにあって、なおも人間を人間らしくさせるのは、人と人との出会いに尽きる。その単純極まりない真理を、Dデイを前にした英国デヴォンの雨夜の邂逅に求めた、この作者にしては珍しく心温まる一篇。たった一度の巡りあいが心身ともに傷ついた男に恢復への希望を抱かせる。美しくも切ない物語にビターを一滴垂らさないではおかないのが、サリンジャーという作家なのだろう。そのための巧緻な構成が見事。

悼尾を飾る「テディ」は、輪廻転生説をスパイスに天才少年の孤独を描いた一篇。大西洋航路を両親と妹と一緒にアメリカへ向かって帰る船旅の途中、妹を探しに甲板に出たテディは、若い男につかまる。友人に退職を迫るアドヴァイスをした真意が訊きたいという男に噛んで含めるようにテディは語り出す。50年代アメリカは禅やインド哲学に熱い視線を送っていた。知識人の間には科学的合理主義では世界の問題は解決がつかないと感じられていたのだ。見え過ぎる目を持つ者の悲劇は、ここでも繰り返される。ただ、それを悲劇と見るのは、人の生が一度きりだと信じて疑わないからで、輪廻転生を信じるなら何のことがあろうか。このテディがシーモアの前身とされている。

作家が生涯を通じて書く作品は、処女作の中に全部埋まっている、というような意味のことをどこかで読んだ気がする。若いうちにこんな小説を書いてしまったら、後はもう何も書けなくなってしまっても不思議はない。グラース家年代記が残されただけでも感謝しなければならない。座右に置き、時々読み返してみたいと思わせる珠玉の小説集である。柴田訳は、極力意訳を避け、原文を尊重した直訳に近い訳し方という点で村上春樹訳のチャンドラーに似ている。俗語を現代風に改めたところは評価できるが、慣用句の扱いなど、野崎訳の方が意味が通ると思うところも少なくない。今は原書も簡単に手に入る。辞書を片手に読むというのも悪くない。

[PR]
by abraxasm | 2015-04-28 11:28 | 書評
e0110713_17252060.jpg美しい本である。その内容だけでなく、造本・装丁もふくめて、本というものを愛していた吉田健一もきっと喜ぶにちがいない。ミディアム・グレイの背に清水崑描くところの氏の横顔を配した下に、金字で書名を横書きにし、英語のサインが付されている。著者名も同じく横書きで、こちらは黒字。カバーには、田沼武能撮影の、書斎の机に向かい、両切りピースを手に微笑んでいる写真が使われている。

イギリス人は評伝を好んで書き、そして読むというのを知ったのは丸谷才一の本だったように覚えている。「それではなぜ、イギリスで伝記が繁栄したのか。それは、近代イギリス社会が「社交的人間」を求め、そのなかの飛びぬけた人物をヒーローとして尊敬したためではないか。(略)社交的人間とは、分別があり、しかも奇人であるような人。そういう人は奇人伝の主人公になれるエピソードをふんだんにもっていた」からだ、と丸谷はいうのだが、まさに吉田健一のことを念頭に言っているように思えてくる。

吉田茂の長男で流暢に英語を操るケンブリッジ帰りの文士。無類の酒飲みで大食漢。妙にくねくねした身ぶりでケケケッと奇声を発し、あたりかまわず大声で笑った、と周囲にいた多くの人が吉田健一について語っている。充分に奇人伝の主人公になれる資格があるように思えるが、著者が吉田健一について、このように詳細かつ愛情に溢れた評伝を著すにいたったのは、その出自や奇癖が原因ではない。その晩年、編集者として近くに身を置き、「ランチョン」で謦咳に接することができた著者には、日本の文学界において到底正当に遇されたとは思えない不世出の文学者を、本来そこに置かれてしかるべき場所に位置づけるための標石としてこの菊版二段組650ページの大著を著したにちがいない。それほどに、この本は著者の吉田に寄せる敬愛の念と、その文学に対する深い洞察に溢れている。

学生時代に出版社を興したというから、本に詳しいのは当然だが、吉田の名が出てくる本にはすべてあたったのではないか、という気がするほど、河上徹太郎、中村光夫をはじめ、大岡昇平、三島由紀夫等々親しかった文学者が吉田との交遊、因縁について語った文章を片端から引用し、彼らの目には新帰朝者である吉田がどう映っていたかを多角的な視点で描きだしている。日本の文壇とは無縁で、親しい仲間もおらず、先輩文士に混じって黙々と酒杯を重ねる若き日の健坊の孤独の深さ。やがて師友を見出し、少しずつ翻訳をものし、批評家となってゆく。吉田健一という特異な位置に視座を据えた日本文壇史という側面もあって、なかなか読ませる。

飲み仲間であった福田恒存や大岡、三島などが次第に流行作家となってゆくなかで、なかなか自分の著書が出せない吉田の焦りや鬱屈については抑制された筆致で想像するにとどめ、周囲の理解と無理解を書誌学的な態度で客観的にあぶり出し、いかにその文学が異端の位置にあったかを読者に想像させる。それは『英国の文学』一篇が、大岡信や篠田一士といった若い人たちによって圧倒的な支持を受けるまで、吉田が甘んじて受けなければならない不遇であった。

しかし、本人は文壇的な不遇も、金銭的な不如意も一向に苦にしない態で、「乞食王子」を名乗り、復員した時のままの水兵服と軍帽でノンシャランと町を歩き、モク拾いの様子を文章に綴るなど、どこまでも自分流の行き方を貫いた。このスタイルは、原稿が売れるようになっても変わらず、金があれば飲み、食らい、旅をした。その恬淡とした暮らしそのままの食味随筆は人気を呼び、版を重ねていく。「酒宴」にはじまる、小説ともエッセイともつかない文章スタイルは、時に怪談めいたファンタジー味を帯び、後の「金沢」に至って吉田文学の円熟期を迎える。

河上の故郷岩国や、酒田、金沢への毎年の旅行で何処の何を食べ、何という酒を飲んだかまで、克明に調べつくし、書き上げている。日本の私小説的風土を嫌い、健康でまっとうな生活者が正直に生き、勤勉に働いた結果としてある吉田健一の文学を全的に肯定した評伝である。個人的な感想として、愛犬の死に触れた部分が心に残った。自分が老いてから、仔犬や子猫を飼うことの難しさは愛犬家、愛猫家の悩みである。犬を愛した吉田が愛犬と別れ、もう飼うことはないと思い定めた後、小説の中で掌からやっとはみ出る小ささの仔犬を選ぶ場面を書いているところで、作家でなくては味わうことのできない境遇に嫉妬めいたものを感じた。カバー写真にある大きな掌の中から、黒い鼻先をのぞかせる子犬の姿が見えてくるようだった。

[PR]
by abraxasm | 2015-04-25 06:59 | 書評
e0110713_1221829.jpg恋人と別れ、留学先のロンドンから故郷に戻ったジョアンナは、ニュー・ヨークの出版エージェンシーで働き始める。仕事は、ボスがディクタフォンに録音した手紙をタイプすること。それとジェリー宛に届く手紙に定型文の返事を書いて出すことだった。採用にあたり、ボスからは厳重に注意されていた。ジェリーについて質問してくる相手には、住所も電話番号も絶対に教えては駄目、すぐに電話を切ること、と。指示に対して「はい」と答えたジョアンナだったが、彼女にはジェリーとは誰のことなのかよくわかっていなかった。

無理もない。ファクスもコンピュータもなく、ディクタフォンとタイプライターで仕事をしている1950年代を思わせるオフィスだが、舞台となっているのは1996年で主人公は二十三歳だ。J・D・サリンジャーは、新作を発表しなくなって長かった。人前に姿を現すこともなく、引退した作家のように思われていた。それに、「難解な本質を追求しようとする小説」が好きな彼女にとっては「サリンジャーの作品は耐えがたいほどキュートで、やりすぎなほど捻りを効かせ、そして気取っている。なんの興味も持てなかった」。

それが、実際にサリンジャーの電話を受けてみると、思っていたのとはちがって、気取ってもいなければ偏屈でもない。それどころではなく、詩を書くことをすすめられ、仕事は朝早くからするに限ると教えられる。慣れてくると、サリンジャー宛の手紙のなかに定型文の返信を返すだけではすまないような気がして、作家に代わり、自分の署名で返事を書くようになる。少しずつサリンジャーとの距離がちぢまってゆくのだ。

先に言っておくと、主人公の名が作家と同じであることからも分かるように、これは純然たるフィクションではない。ジョアンナはエージェンシーであった時、あのサリンジャーと電話で話をしただけでなく、実際に顔を合わせるという貴重な経験を持つ。作家になってから、若かった当時を思い出し、できるだけ事実に忠実に書き上げたのがこの作品だ。そういう意味で、フィクションとしての価値は括弧に入れなければならないが、サリンジャーの「ハプワース」という作品を新しく本にして出すという降ってわいたような企画に振り回される顛末を、自身の当時の恋愛や友人関係を絡ませ、小説仕立てにしてみせた意欲作だ。

小説家を目指すものなら、サリンジャーとの出会いというネタを使わないという手はない。事実なのだから、できるだけ手を加えず、そのまま提出する方がより価値を持つにちがいない。そうはいっても、そこは作家。読ませるに足るものに仕上げなくては出す意味がない。そこで、ジョアンナという若い女性の成長に光を当てる。人間として人を見る目。その目が育つに連れ、すぐ傍にいる恋人の姿がだんだん遠ざかってゆくのが痛いほど分かる。もうひとつは、サリンジャーとの関係だ。今まで読んでこなかったサリンジャーの作品を読むうちに、その評価が変わってくる。評価というのではない。読者を客体としてではなく、主体として扱うのが、サリンジャーの小説だ。そこでは、誰もが人物に自分を重ねる。そして、作家に手紙を書きたくなるのだ。この人なら分かってくれるにちがいない、と思って。

ニュー・ヨークを舞台にした洒落た小説はいくらもある。そういう外見は借用しているが、内実は学費の借金返済に追われ、アルバイトで食いつないで小説を書いている男と、暖房設備すらないアパートで同棲中の女の話。どうしたって暗くなりがちな題材を、エージェンシーとして働く若い女性のスキルアップという面で撥ね返し、いきいきとした日常をすくいとってみせる技術はたしかなものだ。特に、人物を描くのがうまい。どう見てもダメ男のダンと何故一緒にいるのか分からないまま同棲を続けるジョアンナの葛藤はリアルだ。ボスや先輩の人物像もシャープで、実際に人物が見えるように描けている。モデルがあるのだからという意見もあるだろうが、それを文章で表すことができるかどうかはまた別だ。ここには魅力的な人物が多数登場する。

訳には少し注文がある。若い訳者なので知らないのだろうが、ウディ・ガスリーの息子はアルロではなく、アーロ・ガスリーだ。それと何度も出てくる「ゆいいつ」は、漢字で「唯一」と書くか、別の訳語をいくつか試した方がすわりがいいのではないか。全体的には、きびきびしたテンポのある訳になっているように思う。書棚のどこかに埋まっているサリンジャーの小説。久し振りに探し出して読んでみたくなった。
[PR]
by abraxasm | 2015-04-21 12:21 | 書評
e0110713_1423766.jpg下巻は春庭の主著のうち、自動詞、他動詞について考えを述べた「詞の通路」についての記述からはじまる。文法論のこととて国語学に詳しくないものには少々難しい。それよりも、著者の身辺雑記のほうが、読者としてはよほど興味が湧く。同じ家を借りて自炊生活を送る相棒の腸(渾名)との暮らしぶりは、相変わらずの自堕落なもので、二軒茶屋近くの勢田川で釣り上げた鰻を蒲焼にしようと勇んで持ち帰るものの、小刀で腹を割こうとして果たせず、ぶつ切りにして味噌汁の中にいれて食すなど、行き当たりばったりの野放図な様子が、いよいよ厳しさを増す時代を背景にすることで、いっそう明るさを感じさせる。

著者自身が「春庭考証のきわめて私的な記録」と呼ぶ「やちまた」は、上巻を評した際にも述べたが、他に類を見ない一風変わった書物である。それというのも、著者が本居春庭という人物とその主著である「詞の八衢」成立事情について調べ、論文を書くことを思い立ち、古文書を読み解き、方々を訪ね歩いては土地の古老に話を聞き、探し当てた関係者の墓所に残る碑文を判じる、いわばフィールドワークについて述べた部分が中心となる。

さらに、宣長、春庭にまつわる本居学派の本流、傍流、学友、知人、後援者といった人々の生年、享年、事跡、著書等々調べ上げたことを細大漏らさず書き記した厖大な評伝がある。関係の濃さの違いで、記述も粗略なものから、著者の想像を交えてフィクション化したものまで、その描き方に差はあるが、江戸時代国学者の一大ネットワークがそこに現出する様は圧巻である。当時の交通事情、出版事情を考えると、その精進ぶりに圧倒される。昔の人は本を読みたいときは所有者に手紙を書いて借りて読み、コピー機もないから筆写し、返却してはまた借りる。その都度礼状がやりとりされる、その書簡で交友関係が知れるのだ。

そして、著者が「きわめて私的」といわざるを得ないのが、それら春庭考証とは直接に関係しない、著者が学生時代を送った皇學館時代の学友、教授陣の当時とその後の人生を追った人間関係の記録である。朝鮮、満州への修学旅行に始まり、戦中、戦後に至る怒涛の時代を共に生きた人々に向ける思いが、これを割愛することをよしとしなかったのだろう。古文書の紙魚の陰からうかがう古人の逸話とちがい、生身の人間が語り、泣き、笑う部分は、格段に精彩を放つ。小説とは銘打っていないが、この部分に関する限り紛れもなく小説になっている。それもかなり読ませる。

述べて作らず、という姿勢で書いたと思われる春庭の文献渉猟の部分においても、事実は小説より奇なり、を地で行く話が次々と紹介される。著者の熱意の賜物ともいえるが、はるばる現地を訪れたのに手がかりが得られず気を落としているところに通りがかった人があって、その人の口から貴重な文反古の所在が知れるなどということが度々起こる。特に大きなものとしては、本居宣長旧宅に付属する、ずっと締め切りだった土蔵から貴重な文書が発見されるところである。毎年の八月、松阪を訪れ、下着姿で汗にまみれながら資料を撮影していた著者をどこかで見ていたものでもあろうか。屏風の下張やら、大学教授の机の抽斗やら、次から次へと春庭に関する手紙が発見されるのには正直どこか神懸りな感じさえ漂うのだ。

古書ミステリなどに文献を手がかりに、謎を解く探偵が出てくるが、著者のやっていることはまさにそれである。ただ天才的な推理力を持つホームズやデュパンではなく、こつこつと地道に証拠を固めてゆくクロフツの『樽』に登場する刑事のような粘着気質のそれだ。長年月をかけ、次々と出てくる新しい資料をそれまでに手にした資料と突合せ、矛盾点を暴き、人物相互の関係をつきとめ、裏に隠された人間心理を読み、こうでしかありえない、というところまで推論を突き詰めてゆく。

それによって明らかになるのは、春庭の「詞の八衢」は、本人のいうような独自の発想ではなく先行する学者の説によることが大きい、という国文学上の定説に対する著者の疑義に正当性があるかどうかということに尽きる。「きわめて私的な記録」といいながら、友人、恩師に関する記述は懇ろであるのに、自分の家族についてはほとんど何も書いていない。宣長にはじまる本居家の固い結束、春庭に対する妹弟の兄弟愛や、親友の腸や義兄の遮漠の妻や子にかける愛情について、あれほど仔細に書き連ねながら、自分の家族については口を閉ざして語らないストイックさはどこから来るのだろう、といささか不審に思った。白江教授の「語学者には春庭のような不幸な人や、世間から偏屈といわれる人が多いようですねえ」という感慨が思い返された。

何度も訪れる松阪や伊勢の姿が、年を経るごとに変貌を遂げてゆくのが、丁寧な描写の中から読み取れることも、地元の人間にとっては貴重な証言になっている。著者が同窓会を開いた、創業嘉永と文中にある旅館は、おそらく今も続く「麻吉」だろう、扉を閉めたままの大きな旅館というのは「大安」で、随分前に廃業し今は分譲住宅が建つ。文中に名前の出ている「両口屋」は、昨年までは往時の姿をとどめていたが、今は更地と成り果てた。せめて文章の中なりとも在りし日の姿が偲ばれるのはうれしいことである。
[PR]
by abraxasm | 2015-04-19 14:23 | 書評
e0110713_1643694.jpg「丘の文庫」は、昔のままにたっていた。案内を請うと車椅子に乗った館員は、「おそらくその文庫はこの建物でしょう。当時のままで残っているのは、この建物とそこに見える赤い壁の書庫だけです」と説明した後で、閲覧室に誘った。真新しい机と椅子は最近のもので、空調設備もなかった昔は、夏は暑く冬は寒いところだった、と静かに笑った。

著者は二二六事件のあった年、二浪した挙句ようやく神宮皇學館に入学する。文法学概論の授業で、白江教授が語る盲目の語学者、本居春庭が著した「詞の八衢(やちまた)」についての講義を聴く。日本語文法なかでも動詞の活用について先駆的な研究成果をまとめたのが先に述べた「詞の八衢」と「詞の通路」の二書だが、多くの言語学者が影響を受けているのに、その研究がどこから生まれたのかがはっきりしない。それともうひとつ、春庭の父はあの本居宣長で、長男の春庭は能書家で歌も巧く後継者として期待されていたが若くして失明、家督を父の弟子の大平に譲ることになる。教授が語る「ふしぎですねえ……語学者には春庭のような不幸な人や、世間から偏屈といわれる人が多いようですねえ……」という言葉も気になった。

こうして著者は春庭という盲目の語学者に魅入られてしまう。「丘の文庫」こと神宮文庫に入り浸り、関係する書物を読み漁り、懇意にしている古本屋に、春庭に関する本なら何でも買うから集めてくれと頼む。「やちまた」は、不思議な本である。評伝文学というレッテルを貼られているように、江戸時代の語学者本居春庭の評伝を幹として文字通り四方八方に枝を伸ばし、「詞の八衢」に関係する本居宣長、春庭親子の門人、弟子について、その著した書物や手紙を頼りに、詳しい評伝を綴っているのだが、その合間合間に、軍靴の響きが高くなる時代を背景にしながら、貧しくも楽しげな友人や教授の家族との交遊や、春庭の関係者を訪ねる旅行記といった著者を主人公とした「小説」としかいいようのない文章が挿入される。

白江教授の言葉通り、後学者というのは偏屈なのか、春庭の「詞の八衢」に影響を受けた語学者たちが春庭に書いた手紙をもとに、著者が描きあげる人物像は誰も彼も相当にエキセントリックで、読むほどにその凄さに圧倒されてしまう。活用表もなかった頃に、仮名遣いの正否を明らかにしようという人々なのだから、一字一句もおろそかにしない、というのは分かるが、そのトリビアリズムの執拗さはなまなかではない。そういう人々が、宣長存命のうちはまだしも、宣長亡き後、その正統な後継者たらんとする一派と異端とされる一派が、かたや江戸、かたや松阪、或は京、とそれぞれの地にあって角逐する在り様は、ただ事ではない。

なかでも若狭の僧義門という人物の春庭に対する傾倒ぶりと、誰彼かまわず誤りありと思えば噛みつかずにはいられない一徹さ、平田篤胤の博学さとそれにあまりある一癖も二癖もある人間性が群を抜いている。著者は、資料を漁り、全集や書簡はもちろんのこと、断簡零墨に至るまで目を配り、それらを繋ぎ合わせ、引き合わし、日時や顔ぶれを確かめながら、まるで当時その場に居合わせたように、人物相互の関係を描きあげていく。書面や短冊に残る筆遣いから、その性格を判断してみせたりもしているので、思い込みや想像も多々あるとは思うものの、学術書ではないのだから、それくらいは許されるだろう。それよりも、この熱中、この集中の凄さに読む者は引き込まれてしまうのだ。

個人的には、上巻の、著者が伊勢の世義寺門前に家を借りて、友人と二人自炊しながらの学生生活を語っているところが懐かしい。

「しかし、もうそのころ、遊里は鉄道の駅の近くに移り、旧街道はすっかりさびれかえっていた。城廓のような遊女屋ののれんの色はあせ、皮膚の荒れた女たちがわずかばかり床几に腰かけ、通りかかれば昼まから学生にまで声をかけた。射的屋では日に焼けた赤い毛布の上で人形がほこりをかぶっていたし、カフェからもれるレコードはすりきれていた。旅館もおおかた二階の雨戸をしめきったままだし、天気のよい午前中には雨戸があけられていることがあったが、そのときはきまってたすきがけの女が箒をシュッシュッと鳴らしてはゴミを道へむかって掃き捨てていた。」

その遊女屋の一軒が火事で焼け落ちる前の我が家だった。母が子どもの頃には皇學館の学生相手の玉突屋に商売換えをしていたが、妓楼時代の屋号「清玉楼」から「ビリヤード清玉」という看板を上げていたという。旧街道の表通りに面した店だから、おそらく著者もその前を通ったにちがいない。そんなことを想像しながら読んでいると、散歩の途中、著者の通った学校の方にも足を向けたくなった。新緑の倉田山には往時をしのばせる建築はあまり残っていない。著者のいた学寮も今ではすっかり当世風の建物に代わり、辺りには学生がたむろしていた。その姿がまぶしく見えるのは、日の光のせいばかりではあるまい。
[PR]
by abraxasm | 2015-04-17 16:43 | 書評

『古事記』 池澤夏樹訳

e0110713_1514516.jpgこの本、どこかで読んだことがある。そんな気がした。内容ではない。見かけのほうだ。読みやすい大き目の活字で組まれた本文の下に、小さなポイントの太字ゴチック体の見出しに続いて明朝体で脚注が付されている。丸谷才一他訳による集英社版『ユリシーズ』のレイアウトそっくりではないか。まさか敬愛する丸谷の訳本に、自分の訳本を重ねたわけでもあるまいが、偶然とは考え難い相似である。考えすぎかもしれないが、古代の神々と英雄の冒険を語る『オデュッセイア』に擬した自作を『ユリシーズ』と名付けたジョイスにあやかるつもりか。たしかに、この「古事記」、日本文学の古典というよりもモダニズム文学の文体のほうに余程似ている。行替えやら一字下げやら括弧・カタカナを駆使した表記のおかげで、風通しのよいテクストとなった。

以前に訳者の父である福永武彦が書いた「古事記物語」(岩波少年文庫)を読んだことがあるが、子ども向けということもあって、幾百にも及ぶ神名・人名は主要なものを除いて省略されていた。今回の新訳で驚かされるのは、漢字とカタカナによる神名・人名表記の羅列だ。神のヒエラルキーをそのまま地に下ろして、地方の豪族の祖先を組み込むことで、反乱を繰り返す地方豪族を武力ではなく言葉の力によって懐柔し、従属させる意図があってのことだろう。乱れてしまっていた帝紀・旧事を正すという原著が持つ意味からもこの羅列は必須であった。ほとんど読み飛ばされるだろう箇所に、興味を持たせるためか、出身地方にあたる現在の地名が詳細な脚注に記されているのもうれしい。

こんなことでもなければ一生読まずにすませただろう「古事記」の中身だが、ヤマトタケルやオホクニヌシの話は誰もがよく知っている。神名・人名の羅列による系図の部分を除いたら、あとは神々や英雄の冒険、悲恋、裏切り、復讐の炎渦巻く物語の世界である。現代語訳のせいもあって、スピーディーな展開は驚くほど。あれよあれよという間に話は進んでいく。そのあっけなさを救うのが、所々に配された歌謡である。天皇らしく国見の歌もあれば、女に誘いかける歌もある。宴会の歌もあれば、名のりの歌もあって、元の歌を示した後に続けて現代語に訳した歌、そして脚注に詳しい解説が記されている。歌のリズムは原文、意味は訳、説明は脚注で分かる工夫。

神代の話は線が太くおおらかで力強い。糞尿譚やら、何かで女陰(ホト)を突く話やらが登場する話がやたら多いのには驚きもし呆れもするが、それが古代日本に生きた人々の心性というものなのだろう。温水洗浄式便座が愛されるには理由があったのだ。歴代天皇が登場するようになると、話はぐっと人間的になる。床下で遊んでいて自分の父を殺したのが天皇であったことを知り、復讐を果たす王子の話など、シェイクスピアの悲劇にでも出てきそうだ。実の兄妹どうしの悲恋や、負け戦を承知の上で筋を通して天皇に反旗を翻した臣の話等々、敗者に肩入れした記述が多いのは意外であった。読んでみるまでは歴代天皇の事跡を誇らしげに語ったものが多いのだろうと勝手に思い込んでいたのだが。代々に亘る血腥い闘争や姦計、裏切りに至るまであからさまな筆致で記している。

正月はもちろん、何かあるたびに伊勢神宮を参拝する宮家や政府高官の姿が報道されるのは、皇祖神とされる天照大御神をまつっているのが、伊勢神宮(内宮)であるからだが、意外なことに「古事記」には皇統でない出雲にまつわる話が多く採録されている。また、韓(から)との関係も古くから続くこともしっかり書かれている。戦前の教育に対する反省の上に立ち、戦後は教育の現場から神話が排除されてきた。「古事記」についても、日本史の中で触れられるにとどまり、真剣に中身まで読む機会がなかった。今回、世界文学全集に続いて、日本文学全集が企画され、その第一巻として「古事記」新訳が編者の手によってなされることになり、読むことを得た。訳だけでなく、組版やレイアウトなども読みやすいかたちになっていて、以後一般読者にとっては、これがスタンダードになるのではないかと思う。幅広い読者を得られるようになれば何よりだ。何かときな臭い時代である。だからこそ、誰もが自分の国の成り立ちや、そこに暮らしてきた人々のあり方に、誰かの目を借りることなく、自分の目で真っ直ぐに向き合うことが必要とされている。その意味でも時宜を得た出版であるといえよう。
[PR]
by abraxasm | 2015-04-15 15:02 | 書評
e0110713_1439521.jpg同名のアニメですっかり有名になってしまった『風立ちぬ』でなく、「かげろうの日記」とその続篇「ほととぎす」を採ったのは、大胆な新訳が売りの日本文学全集という編者の意図するところだろう。解説で全集を編む方針を丸谷才一の提唱するモダニズムの原理に負うていることを明かしている。丸谷のいうモダニズム文学とは、
1 伝統を重視しながらも
2 大胆な実験を試み
3 都会的でしゃれている
ということだが、堀辰雄の「かげろうの日記」は、「蜻蛉日記」の現代語訳ではなく歴とした小説である。言葉遣いこそ王朝物語にふさわしい雅やかな雅文体をなぞっているが、主人公の女性心理はまぎれもなく近代人のそれであり、自意識が強く、内向的で、引っ込み思案なところのある女のエゴが一人称の語りの中にまるごと投げ出されている。色好みの貴公子に愛されながら、相手の不人情な仕打ちにプライドを傷つけられ、すねてみたり、逃げ出してみたりせずにはいられない女心が十二単を着せられ、堀辰雄好みのもの寂びた曠野の風景の中にたたずんでいる。まさに、丸谷流のモダニズム文学ではないか。

「深淵」「世界の終り」「廃市」の三篇のなかでは、やはり「廃市」をとりたい。いかにも福永武彦らしい、透明な叙情性に溢れた佳篇である。白秋の故郷、筑後柳川を思わせる掘割に区切られた水都は、水によって外部と切り離されることで、他の町とだけでなく、時の流れからも切り離され、端唄、小唄、義太夫といった芸ごとに堪能な町の名士たちによっていまだに華やかなりし頃の名残りをとどめている。水路を行く船に舞台を組み、囃子方を乗せ、歌舞伎の一場面を演じてみせる祭りの場面など、ヴェネツィアのカルナバルの夢幻的な宴を髣髴させる。

眠りの中に閉じ込められたような街に主人公はすっかり魅了されてしまうが、時空から隔絶した人工的な水上都市は、周囲の都市ではすっかり失われてしまった文化にどっぷり浸かっていることを羞じも嘆きもしない点で頽廃のきわみにあるのかもしれない。仮寓先の旧家の当主とその妻、妻の妹の間にある公然の秘密が、無邪気な仮寓者の振舞いによって明らかにされてゆく。互いを思いやる愛情が、かえってことをややこしくし、もつれあった愛情は悲劇的な結末を迎えることに。ヨーロッパ世紀末的な頽廃を日本の地方都市に移植し、ウォーター・ヒヤシンスのごとき儚げな花を咲かせた「廃市」は、私小説好きな日本の土壌の中では稀な西欧的なロマネスクと成り果せている。

中村真一郎からは「雲のゆき来」一篇だが、これがすごい。江戸時代の名僧で漢詩や和歌に秀でた元政上人に始まる該博な知識を披瀝した随筆風の小説は、友人からかかってきた一本の電話で様相が一変する。友人が引き合わせたのは、ドイツ系ユダヤ人の父と中国人の母を持つ新進女優の楊嬢だった。母を捨てた父を憎む女優は、「舞踏会の手帖」よろしく父の愛した五人の女性に会うために京都を訪れる。止むを得ず同道することになった「私」は、ドン・ジュアニスムを嫌悪する女優と行く先々で議論する羽目になる。リルケやフロイトを引き合いに出し、父を憎む心理の虚妄を突く「私」の前に遂に女優は号泣する。ヨーロッパでの再会を期して分かれた二人だったが、待っていたのは女優から「私」にあてた手紙だった。

博引傍証とペダントリーに満ち満ちた衒学的小説とも見える「雲のゆき来」だが、作家に言わせれば、こんなものはペダントリーの裡には入らない、と馬鹿にされるのがオチだろう。まず、元政と彼が影響を受けた詩人の漢詩が白文で何篇も引用されるので、漢詩漢文の素養がなければ端から相手にされない。そこへ持ってきて、文学から文学を作るブッキッシュな作家を認めようせず、作家の個人的体験の露骨な告白とやらを後生大事に下僕的リアリズムを信奉する批評家たちに対する鬱憤が炸裂する。私小説に慣れた日本の文壇から見たら、なんという形式的な小説作法か、と呆れられるような作為的な構造を持つ小説。おまけに、作者を思わせる男と若い女が、ひとつベッドに腰をかけ酒を飲みながら、恋に落ちたり、寝たりすることなく、リルケの女性遍歴と元政の遊女との恋愛事情を女優の父の女出入りの多さに絡めて論じ、男と女の愛について延々と夜を徹して語り合わせるなど、読み手の下意識を徹底的に愚弄してみせる。

分かり合うことの難しい人間関係のなかで、どのように相手を理解し、関係を構築してゆくか、というのが主題だとすれば、それを語るのになんという手間の掛け方よ、と嘆じたくなるが、その手間隙をかけるところにこそ、文学や芸術の持つ面白みがある、というのが作家の信じていることなのであって、豪徳寺の桜見物にはじまり、京都は深草詣で、果てはヴェネツィア映画祭に至るまで足を運ばせるのもそこにこそ分かり合える者同士の愉しみがあるからなのだ。言い換えるなら、こんなまわりくどい小悦は御免だという読者には無縁の小説である。そういう意味で、新しく編まれた日本文学全集の前途を占う試金石のような巻といえる。評者のように懐かしい思いで読む読者は別として、日本文学ってこんなに面白かったのかと目を輝かせる新しい読者が得られるように偏に願うものである。
[PR]
by abraxasm | 2015-04-13 14:40 | 書評
e0110713_2081434.jpgアイルランド文芸復興運動の盟主W.B.イェイツ描くところの伝説的な放浪詩人、赤毛のハンラハンの物語と詩集『葦間の風』より十八篇の詩を選び一巻本とした袖珍本である。古風な見かけに相応しく、収められた物語も詩もおおどかで、古雅な趣きを伝えている。

古来アイルランドにおいては、言葉に力あるものと信じられてきた点で、「言霊の幸ふ国」と呼ばれてきた日本によく似ている。詩人が想うところを歌にして詠めば、賛美されたものは力が湧き起こり、呪われたものは病み衰えるとされる土地柄にあって、即興で詩をつくり、朗誦することのできる詩人は、他の誰にもまして価値ある存在であった。しかし、時移り、世俗の垢にまみれた今日のような時代にあっては、「詩を作るより田を作れ」と歌詠みは蔑まれ、疎んじられてきた。

アイルランドでも事態はさほどはちがわないようだが、落剥の身とはいえ、詩人の詩にはまだまだ力が残っているようだ。赤毛のハンラハンは、校舎とてない生け垣の縁を教壇とする学校で教鞭をとるしがない教師となった今も、歌うことで妖精を呼び出し、人を元気にさせたり、逆にまた人に呪いをかけたりすることができる。今しも学校を馘首になったハンラハン、小さな店の陳列窓を飾る魔法書を見つけ、外套を売り払った金で買い求めようと親爺を呼び出したところ。

キリスト教侵攻以来、太古の昔からケルトの地にいます神々、英雄は以前のように大地を闊歩することはなくなったが、キリスト教の神や悪魔と交雑することで命脈を保ち、人々は日々の暮らしの中で妖精の存在を信じ、ともに生きていた。吟唱詩人の末裔であるハンラハンもまた魔法使いの見習いくらいには見られており、すれちがう人が自分を見ると十字を切るので、いっそのことそれらしいものを身近において箔をつけようとの魂胆である。このあたり、さすがにオカルトの世界に参入していたイェイツ、採りあげる魔法書が『教皇ホノリウスの魔術指南書』ときては、悪魔学や幻想文学ファンにはたまらない。

怖いもの見たさで、魔法書に書いてある通り、コウモリの血で書いた魔法陣の中に立ち、毎夜召喚の術を試みると、日毎に妖精は実体化し、自分のそばを離れなくなる。ところがハンラハンが見てみたいのは妖精であって、人間の女なんかは願い下げ、とばかり邪険に扱ってしまう。頭にきた妖精は、どうせお前の目には宝石も塵にしか見えないのだろう、と呪いの言葉を発して消えてしまう。ハンラハンの放浪が始まる。昔なじみの女たちと楽しく暮らすこともあるが、放浪癖が災いしてその場を逃れるように旅に出ることのくりかえし。最後は物乞いの女に看取られて死んでしまう。

落ちぶれ果てた吟唱詩人の末裔、放浪詩人赤毛のハンラハンの唄入り一代記。大酒飲みで、素行が悪く、村人の鼻つまみ者で、悪口の歌を歌っては、棍棒で殴られたり、家に火をつけられたりという災難にあってばかりいるこの男が、いかにもアイルランド男の典型で、憎めない存在として完璧な出来映え。「ここもと御覧に供しまするは」という香具師の口上がぴったりきそうな、何ともいえない名調子で、読んでいるのが楽しくなる。全六話だが、なかにはダンテの地獄めぐりを描いたブレイクの絵にあるような幻想的な風景も登場し、短いながらも本格的な幻想文学の醍醐味を感じさせる。

『神秘の薔薇』の後半に収められた六話の「赤毛のハンラハン物語」は、改作魔のイェイツの手で全面改稿の憂き目に会い、初版はお払い箱となる。『神秘の薔薇』一巻は、すでに井村君江他の訳者の手になり邦訳が出ているのだが、そんな次第で「赤毛のハンラハン」の物語は陽の目を見ていなかった。コルム・トビーン、ウィリアム・トレヴァーとアイルランドゆかりの作家の訳者でもある栩木伸明氏の手によって今回日本語に訳されたことは、まことにめでたい。併せて収められた詩集『葦間の風』抄も、赤毛のハンラハンと響きあう世界を持ち、共に味わうに相応しい。木々の間を、街の辻を吹く風にまじって、今も妖精が行き交うアイルランドの神秘を堪能されたい。
[PR]
by abraxasm | 2015-04-08 20:08 | 書評
e0110713_1431464.jpg思いもかけぬところで、日夏耿之介の名を目にすることがある。この間も『教皇ヒュアキントス』という新刊書の訳者あとがきで、芥川から日夏に原著者に関する本が贈られた挿話が記されていた。こんなところにも、と感じ入ったことであった。一般には難解な漢字に自在にルビを振った、世にいう「ゴスィック・ローマン詩體」による象徴詩集『黒衣聖母』他の著者で、学匠詩人として知られる日夏耿之介だが、澁澤龍彦云うところの魔道の先達として、悪魔学(デモノロギア)に先鞭をつけ、モンタギュー・サマーズの著作を纏めた『吸血妖魅考』はじめ、諸文献を日本に紹介し、後に続く人々に道を啓いた功績は、余人をもって代えがたい。

著者は大学院生時代、阿佐ヶ谷にある日夏宅で直接講義を受けることを許された三人のうちの一人で、河出書房新社版全集の仕事に携わり、晩年に至るまで隠棲先の飯田市を訪れ、その謦咳に接している。全集の月報その他に書き続けてきた、師である日夏耿之介に触れた自身の文章を集めたものである。学生時代、師のお供をして銀ブラを楽しんだ思い出や、日夏を慕う人々との交わりやら、若い頃の思い出は、選ばれて近くに身を置いたものだけが持つ矜持が其処此処に潜み、懐かしくも愉しい気分が伝わってくる。

師の勧めでイェイツの妖精学に親しむことになり、それが現在に繋がるが、英国留学中も全集の仕事はついて回るなど、師との関係は深いものがあったようだ。思い出の他には、詩人日夏耿之介についての評論、随筆、それに師の周囲にいた人々についてのポルトレ、年譜を付している。本人も書いているように、あまりに畏れ多いという思いが先に立つのか、門人を含め本格的な日夏論は、あまり書かれていない。「ゴスィック・ローマン詩體」の由縁等、晩年の弟子による詩人論、詩の解説は貴重なものといえる。

硯をはじめ書画骨董の目ききでもあった日夏の詩集は銅版画家長谷川潔の挿画入りの美麗な造本で知られている。著者秘蔵の書影、詩人の在りし日の写真、デスマスク等の図版も多く、日夏を愛する者には何よりの資料である。しかし、それにもましてうれしいのは、身近にいた者だけが知ることができる詩人に纏わる逸話の存在である。芥川との交友は先に触れたが、同時期に処女詩集を発刊した萩原朔太郎との交遊、雑誌の同人でもあった堀口大学との確執等々、成程そういうことだったか、といちいち頷かされる。

一つ二つ紹介すると、パリ在住の長谷川潔の部屋を訪れたとき、電気をとめられていたため暗く、なぜ日本はこの芸術家を支援しないのかと、同道した息子が涙した話が書かれた後に、その死後、大々的に回顧展が開かれた矛盾が書き添えられている。回顧展は記憶に残っているが、長谷川潔の窮乏については全く知らなかった。日夏耿之介の詩集といえば、長谷川潔抜きには語れないと思っていたが、渡仏したまま帰国しない画家のことなど誰も気にも留めなかったということか。

また、一時は互いにエールを送りあう仲であった堀口大学と絶好状態に至った経緯が、おそらくはじめて明らかにされている。後継者と目されていた詩人平井功が、堀口の帰国で日夏の関心がそちらに向かうのを怖れ、繰り返した讒言がその理由であったろうというものだ。新たな資料、証言がでてこない限り、夭折した詩人には名誉挽回の機会はないだろう。閉じられた世界での師弟愛は深みにはまると傷ましいものがある。堀口大学の方は、日夏宅に残る自分の書簡の有無を著者に尋ねているところから、憾むところはなかったようだが、燃やされてしまった書簡に何が書かれていたか今となっては知ることもできない。

日夏といえば、送られてくる詩集その他の新仮名遣いの本を書斎の窓から下に流れる川に流し、「新仮名が流れてゆく」と呵呵大笑したと伝え聞くように、狷介孤高の人という印象が強い。朔太郎に対しても、詩は大好きだが、詩論は嫌いだ、と手厳しい文章を書いている。芥川の書いたもののなかにも青臭いものがあると門人に語るなど、自ら恃む所頗る厚く、たとえ友であっても是々非々を貫く、潔いといえば聞こえはよいが、友人にしたらつきあいにくいタイプではなかったか。一方で、慕ってくる者には気遣いを見せる優しい面もあったようだ。晩年に近くにいた若い女性ということもあったのだろう。著者の語る日夏耿之介は、まるで好々爺である。書くべき人を得た本といえよう。かねがね一度は飯田市を訪れ、黒御影石の詩碑を拝したいと思っていたが、季節もよし、そろそろ足を運ぼうかと思っている。
[PR]
by abraxasm | 2015-04-07 14:31 | 書評
e0110713_17501533.jpgまたしてもブロンツィーノ描くところの「ルクレッツィア・パンチャティキの肖像」の登場である。ヘンリー・ジェイムズ著『鳩の翼』のヒロインのモデルにもなった緋色のドレスに身を包んだ女性像は、余程当時の男性の心を虜にしたにちがいない。筆名は男性名だが、ヴァーノン・リーは女性。ヘンリー・ジェイムズとは親しい仲だったから或は会話の中に登場したことがあったのかもしれない。たしかに、美しい女性像であるが、それにもまして怜悧さや容易に人を寄せ付けない威厳のようなものが伝わってくる。こういう女性に惹かれる人はどこか被虐趣味的な性行を持つのではないだろうか。そんな気がする。

伝説的な悪女に魅入られて、不審死を遂げる男の姿を描いた「永遠の愛」は、ヴァーノン・リーの特徴を知るに最適な一篇である。イタリアはウンブリアを訪問中のドイツ帝国教授シュピリディオン・トレプカは歴史文書中の女性の事跡に何故か心魅かれ、寝ても覚めても、その姿が心から去りやまず、ついには幻を見るようになる。その女メデアは、悪行の果てに何人もの男の命を奪ったが、一人の魂だけが騎馬像の中に封じ込められていた。女は男の手を借り、騎馬像を破ろうとする、という話だ。

トレプカの肩越しに姿を現すメデアの姿が「ルクレッツィア・パンチャティキの肖像」そのままである。幻想小説の書き手である以前に、18世紀イタリア文化、イタリア・ルネッサンスの美術、音楽、演劇の研究者であったヴァーノン・リーである。ウフッツィ美術館所蔵の有名な肖像画を目にし、そこに自分の創作に置ける主題であるファム・ファタルの典型を見たにちがいない。闇に埋もれた過去の中から立ち現われる美女が現代に生きる男に手を伸ばし、その魂は愚か命まで奪ってしまうというのは、本書にもくりかえし登場する作家偏愛の主題である。他に「ディオネア」「幻影の恋人」が男を狂わす悪女を描いている。

表題作は神の思し召しにより悪魔が聖人を試すというよくある逸話。「聖エウダイモンとオレンジの樹」とともに掌編ともいうべき短さの中に、権威から距離を置き、身を低くし、他の恵まれぬ人々や地上の弱い生き物を思う、謙譲の美徳の尊さを語りつくす。体が石になり、心臓が金剛石になるところなど、ワイルドの『幸福な王子』を思い出すが、寓話につきものの教訓臭がなく、花実をつける植物の奇蹟で幕を閉じるところに、キリスト教をモチーフにしながら、それに縛られず、生命力を謳歌する息吹がみなぎり、爽やかな後味が残るところを愛でたい。

怪異譚、奇談には同工異曲と見られるものが少なくない。まして、異国を舞台に過去の因縁を語る話を得意とすれば、それぞれが似てくるのは仕方のないことである。日記、手紙、回想と、叙述形式に意を凝らし、単調にならぬよう配慮しているところはさすが。ただ、どれも水準以上の出来であるとは思うものの、物語としての完成度の点で画竜点睛を欠く感じが残る。美学者、研究者としての教養が邪魔をするのか、恣な想像力の飛翔や、猥雑さや卑俗さを怖れない破天荒な展開といった物語ならではの面白さが充分でなく、結末がいささか力強さに欠け、カタルシス不足に感じられてならない。いちばん物足りないのは人物の魅力である。美しく悪い女は登場するが、当方に被虐趣味が足りないのか作中の男たちのようには夢中になれない。

そんななか個人的な好みでいえば、「七懐剣の聖母」が、主人公の矛盾した人間像の描出において他の作品を凌駕するものと思える。自分のものにしたいと思ったら、相手の親でも亭主でもさっさと殺して、女を手に入れる、その天をも怖れぬ所業をいとも簡単にしてのける男が、信仰の対象である七懐剣の聖母だけは裏切れない、そのために自分の命さえ犠牲にしてしまうほどに。この悪逆非道の美丈夫にして、思い姫に忠誠を尽くす天晴れな騎士道精神の持ち主、ミラモール伯爵、ドン・ファン・デル・プルガルだけは、たしかに力強く生きている。

堅牢な造本、余白を取ったレイアウトで読む幻想小説の味は格別である。以前にも読んだ「聖エウダイモンとオレンジの樹」一篇は、同じ訳者の手になる作品でありながら、文庫で読むのとは一味も二味もちがった。持ち重りする大冊であるので、長時間の読書中、最後は書見台の世話になったが、久し振りに本を読む愉しみを味わった心地がした。
[PR]
by abraxasm | 2015-04-05 17:50 | 書評

覚え書き


by abraxasm