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e0110713_16265021.jpg世の中には、どうしてこんな物をと思うようなものに執着する人が必ずいる。傍目から見ればごみ屑同然でも、当人にとっては宝物なのだ。ポール・コリンズにとって「歴史の脚注の奥に埋もれた人々。傑出した才能を持ちながら致命的な失敗を犯し、目のくらむような知の高みと名声の頂点へと昇りつめたのちに破滅と嘲笑のただ中へ、あるいはまったき忘却の淵へと転げ落ちた人々。そんな忘れられた偉人たち」が、それだった。

ここに紹介された十三人は、今や誰も知る人がいない。だが、当時は英国王室で歓待を受けたり、その技芸で世界中の劇場を賑わしたりした人たちである。彼らの名声が地に落ちた理由は人それぞれだが、そのドラマチックな点は共通する。成功談より、失敗談の方が面白いということもあるだろう。だが、それだけではない。彼らに共通する、人を疑わず、自分を信じ、ひたすら邁進する――立ち止まるべきところであるにもかかわらず――その生き方に、コリンズは惹かれているようだ。

合衆国はアメリカン・ドリームを信じる人で溢れている。意欲さえあれば、いつか成功する、それがアメリカだ、と。「だが、現実に僕たちが褒め称えているのは、大金を稼ぐ以外には何の能力もない人々、騙され侮られた人々を踏みつけにして成功した連中ばかりだ」と、コリンズは慨嘆する。歴史は勝者によって書かれる。勝者の栄光の陰には、同じ夢を追いながら敗れた者がいる、著者が書きたかったのは、敗者の論理なのだろうか。小説家としての才能があれば、この中の何人かのエピソードは充分面白い小説になるだけの材料に溢れている。これを書いていたときの著者の心中に「僕もまた敗者なのでは」という疑念が鬱勃としていたのではなかろうか。

科学史上の大発見と騒がれた光線の発見者がいる。有名なコンコード種の葡萄の苗を開発しながら、あのグレープ・ジュースのウェルチを儲けさせただけの人物がいる。音で世界共通言語を創ろうとした人、ガラスを透過する青色光線が病を治し、生物の成長を促進することを証明した人物、と当時は評判を呼んだ人々が多数登場する。なかでも題名にある阿房宮の主バンヴァード、シェイクスピアの贋作者ウィリアム・アイアランド、偽台湾人で『台湾誌』の著者サルマナザールのポルトレが、特に生き生きしているように思えた。

ジョン・バンヴァードは、巨大なキャンバス上にミシシッピ河の流れを描いた風景画を、クランクで巻き取りながら長尺のパノラマとして見せるショーの開発者として成功した人物。米英で人気を博し、大邸宅まで建設しながら、あの興行師バーナムの挑発に乗り、見事に負けて全財産をなくしてしまう。アイデアの開発者であり、陳列物は本物なのに、やり手興行師の宣伝の巧さにしてやられたバンヴァードの悲哀に著者ならずとも、正直者がばかを見るこの世の非情さを恨みたくなる。

自分をのろまと見て顧みない父を見返そうとして、つい手を染めた贋作が、評判を呼び、やめようにもやめられなくなったウィリアムは、とうとう作家が書いてもいない戯曲を作家の筆跡で書き上げるという途方もない企てに挑戦する。シェイクスピアの贋作者として有名な話を、心身とも虚弱で疎んじられた若者が、自分の持つ他に抜きん出た能力を発見し、自己実現してゆく話として描いているところに著者ならではの視点があり、ポルトレとして成功している。

サルマナザールも種村季弘ほかによってすでに紹介済みの有名人だが、ラテン語がしゃべれるのを強みに、出自を偽って、アイルランド人や日本人に成りすまし、口から出まかせの嘘八百を並べるだけでは収まらず、ついには行ったこともない台湾についての本まで出版するという、稀代の嘘吐き。それだけの能力があるなら、もっと何かできそうなものなのに、偽台湾人で食えればそれでいい、という欲のなさ。この人物のエキセントリックさも飛び抜けている。

科学史に残る逸話を扱ったものもいくつかあるが、もともと本好きが嵩じて、この世の片隅に置き去りにされた人物についての挿話を博捜するのを仕事にした著者である。文学、劇、芸術に関わる人物を扱うときのほうが筆が走るようだ。本人の専門がアメリカ文学の源流ともいうべき作家にあるのか、エマソン、ホイットマン、ホーソーン、E・A・ポオらの名前が、ことあるごとに顔を出す。もともと、そちらの資料を追っていて、これらの人々を発見したのかもしれない。

ポール・コリンズの名は、『古書の聖地』で見知っていた。ヘイ・オン・ワイで本屋稼業の見習いをしていたときには、この本はすでに書かれていたようだが、なかなか出版先が見つからなかったようだ。その後、何冊か売れたことにより、やっと日の目を見たということらしい。よくも集めたものだが、十三人も登場させれば、ばらつきが出るのは仕方がない。当然のことながら、中には事跡は眼を引くものの人間的には真面目一途の善人という人もいて、ぴちぴちタイツでロミオを演じるアンティグア出身のキャンプ俳優、ジョン・コーツなどという際物連中の中では影が薄く、その分損をしている。

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by abraxasm | 2014-09-29 16:27 | 書評
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1860年五月、当時イタリアは統一されておらず、シチリアは依然王国下にあった。パレルモに広大な館を持つ公爵ドン・ファブリツォは実績ある天文学者らしく移り変わろうとする時代を冷静に受けとめていた。ガリバルディ上陸以来、革命を象徴する三色旗の動きが目立ち始めていたが、領主また家族の長として皆に慈愛や威厳を示す傍ら、夫人に隠れ、愛人と情を交わす公爵の毎日は変わらなかった。そんなある日、公爵は敷地内で兵士の死体を発見する。太古から変わらぬように見えるシチリアにも時代の波は押し寄せ、ついに公爵の足許まで忍び寄っていたのだ。

今はガリバルディ軍で大尉をしている野心家の甥タンクレーディは、館で出会った市長の娘に一目惚れし、結婚したいと言い出す。才気はあっても財産のない甥には、成り上がりではあるが金と土地を持つ市長の娘は恰好の相手といえた。当初は馴染めぬ思いをした公爵も、度々婚家を訪れるようになった甥の許婚とその父の持つ、自分たち貴族にはない生命力や金儲けの能力に対し、賛嘆の念すら覚えるのだった。やがて、住民投票の結果、両シチリア王国はヴィットリオ・エマヌエーレ二世の治下となり、統一イタリアが生まれる。管理経営能力を持たぬ貴族が没落していくのに対し、万事世知に長けた新興ブルジョワジーが擡頭し、すべてが移りゆく様を静かに眺める公爵だった。

映画好きならお気づきのように、1963年カンヌで賞を獲ったヴィスコンティの映画『山猫』の原作である。主人公のドン・ファブリツォのモデルは、作者ランペドゥーザの曽祖父に当たり、作家自身も公爵の称号を有する。「全小説」と銘打っているように、他に短篇集とスタンダール論を含むが、読者のお目当てはやはり作家唯一の長篇小説「山猫」に尽きる。スタンダールを終生の師と仰いだ作家の小説論は、所収のスタンダール論に詳しい。時間の取り扱い方や内的独白の先駆とも言える主人公の心理描出法は、そのスタンダールに倣ったものである。

長篇小説作家は読者に息抜きの場を与えねばならない、という言葉がスタンダール論にあるが、たしかに、一章が終わるたびに書物を閉じて一息入れた。主人公である公爵の思惟を長々と物語る文章は冗長なところのない引き締まった叙述であるだけに、所々に愛犬ベンディコや話し相手の神父とのやりとり、庭園の植物や泉水の様子が挿まれるのが唯一の息抜きである。さしものシチリア貴族も時代の大波をかぶり、没落の傾向に歯止めがかからない。すべて生あるものは死に向かうこと、形あるものは壊れてゆくことを知る公爵は時代に逆らうことはせず、従容としてしたがう。ただ、胸の裡にはまだ騒ぐものがある。例えば、甥の許婚に対する秘された欲望であり、親しい者たちから感じる自分の権威の衰えであるが、賢明なことに習慣となっている抽象的な思索のなかに紛らせている。

『パルムの僧院』を「年配者によって年配者たちのために書かれた小説」と評するランペドゥーザだが、『山猫』もまた、そうではないだろうか。主人公の公爵は、貴族であり、歴史を継承するよう義務づけられた階層の最後の一人である。自分たちを滅ぼそうと襲い掛かる時代の動きを察知しながらその動きに抗うことも、逃げることもせず、ただ諦めるのでもない。歯噛みするような反発を総身に感じながら、その巨躯で辛うじて耐えてみせる、この巨人の運命と向き合う姿は、ある程度世の中を生きてきた者にしか通じないであろう静かな感動を呼ぶ。

イタリア統一運動時代を背景に、没落する運命にある貴族が時代にどう対峙したか、その心理、感情を自分の曽祖父に仮託し、シチリア貴族の末裔が存分に描き出した歴史長篇小説。素材に文句はない。貴族という、平民にはその細部を窺い知れない特権階級の日常生活。祈祷に始まり、衣服を整えての食事、華麗なる晩餐、そして舞踏会。建築の意匠、家具調度、料理の献立、絵画骨董に至るまでを、自身公爵でもある本人が、その幼少時の記憶を総動員して描き出すのだから、面白くないはずがない。もっとも、凡手であれば惨憺たる結果が待っていようが、ご安心あれ。ランペドゥーザ、並大抵の作家ではない。先を読むのが惜しく、章ごとに休みを入れて読むほどの圧倒的な面白さ。近頃、これほど小説を読んだという手ごたえを感じた作品に会ってない。

発表が1958年。一世紀も昔の貴族の生活を描いた小説は左派による批判を受け世間を騒がせたが、アラゴンやルカーチがマンゾーニの『いいなづけ』以来のイタリア小説の名作と誉めそやしたことで、世評に上り、世界的ベストセラーとなった。作家の死後の刊行となり、未亡人や編集者の手が入った異本が多く、今回の新訳が定本となるようだ。カフェを渡り歩きながら書き綴ったといわれる小説は遅咲きながら、本格的な味わい深いもの。短篇「セイレーン」は、異様な素材を選びながら、幻想小説によくある陳腐さと無縁の、老師と若者の心の通い合いを主題とする佳編。一読の価値ありと見た。

近頃はやりのポスト・モダンを謳った貧血気味の小説など束になっても敵わない、逞しい筋肉と血管を流れる音が聞こえてきそうな血の通った本格小説である。渇ききった炎熱のシチリア、一木一草もない苛烈な大地を一日がかりで馬車に揺られてゆくような、たっぷりとした読み心地に酔いしれたい。

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by abraxasm | 2014-09-27 21:38 | 書評

『別荘』ホセ・ドノソ

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鉱山から採掘される金を叩いて金箔に加工したものを輸出することで莫大な財を成したベントゥーラ一族は毎夏使用人を引き連れ、マルランダと呼ばれる原野に築かれた別荘で避暑するのが習慣になっていた。別荘の周りは金の穂先をつけた槍で囲われ、その先はグラミネアと呼ばれるプラチナ色の穂を出す繁殖性の高い植物で一面が埋まっていた。屋敷と敷地内で過ごすほかない休暇に窒息し始めていた大人たちは、三十三人の子どもたちだけを屋敷内に留め置いて、自分たちは料理人や下働きの者を乗せた馬車を連ね、ハイキングに出かけることを思いつく。

17歳になるフベナルを筆頭に、屋敷に残された従兄弟たちは、その日の夕刻には帰ると言って出かけた大人たちのいぬ間に、好き勝手、したい放題に過ごすのだったが、ウェンセスラオだけは、大人たちは帰ってこない。人喰い人種が襲ってくるので僕らを見捨てて逃げ出したのだと言い張る。原住民に人肉嗜食の習慣があったことは子どもたちも聞かされて知っている。時と共に屋敷内に募る不安のなかで、子どもたちはそれぞれの思惑に耽り、屋敷内には不穏な空気が満ちてゆく。

ウェンセスラオの父アドリアノ・ゴマラは、ベントウーラ一族とは無縁の医師で、母バルビナとの結婚を契機に一族に参入した新参者だった。一族の栄耀栄華は、原住民を弾圧し、搾取した結果によるものと知ったアドリアノは、治療に携わるうち、原住民よりの考えを抱くようになる。その意見は一族の不興を買い、アドリアノは狂人として狭窄衣を着せられ塔に幽閉されていた。ハイキングは大人たちの留守を狙いアドリアノの奪還を策したウェンセスラオの計略によるものだったのだ。

しかし、大人の留守を狙っていたのは、ウェンセスラオだけではなかった。帳簿付けを任されていたカシルダもまた、これを機会に金箔の塊を馬車に積んで持ち逃げを考え、異父妹であることで従兄弟の中で一人遺産相続権を奪われていたマルビナも一族への復讐を企んでいた。外ではアドリアノを仰いで蜂起するためにグラミネアに紛れて攻め寄せる原住民の集団、内では陰謀や復讐の企み。何も知らず、それまでの遊び「侯爵夫人は五時に家を出た」に耽る上の階の子どもたちは大人を真似て怠惰に倦み疲れ、背徳的にもペデラスティの悪癖に耽溺し、衣装倒錯や近親相姦の誘惑に身を捩じらせているばかりだった。うわべの華やかさの陰で、ベントゥーラ一族の腐敗と崩壊は後一押しのところまできていたのだ。

鉱山から採れる金属資源を外国に売ることで莫大な利益を独占し、住民を虐げる権力を医師上がりの部外者が原住民を組織し戦いに打って出るも、外国からの支援を受けた元支配者と、その手先の反撃を受け、窮地に陥るといった図式は、作品が書かれた時代と、作家がチリ出身であることを考えれば、ピノチェト将軍がアジェンデ政権を倒した、9.11のクーデターを思い浮かべない者はいない。この小説を寓話として見る意見が多いのも無理はない。ただ、よく言われるとおり、寓話ほどつまらない形式はない。この小説、たしかに露骨なほど寓意を含んではいるが、この面白さに寓話などという解説は不要だ。

まず、舞台となるマルランダを覆いつくすグラミネアという植物だが、外国人にだまされて種を撒いたのがまちがいのもと、生い茂る在来の樹木や草を飲み込み、見渡す限りの役にも立たぬ草原にしてしまい、もとの住民を山並みの向こうに追いやってしまう。何故かといえば、夏も終り、穂先から綿毛が飛ぶ季節になると折からの風に乗った綿毛は空を覆いつくし、顔はおろか体中に纏いつき人は息をすることもできないからだ。ラテン・アメリカ文学ならではの驚異的現実というやつだが、これだけではない。

子どもたちが、原住民の蜂起に遭い、屋敷が混沌とした状況に陥る間、大人たちはピクニックを堪能しての帰路、近くの礼拝堂で休憩を取るが、なんとそこには襤褸をまとったカシルダとファビオの姿が。屋敷に起きた変事を知り、直ちに執事を中心に使用人たちで編成した部隊を屋敷に向かわせる大人たちだが、グラミネアの綿毛の脅威を恐れ、子どもたちの監督、処罰を執事に任せ、そのまま首都に引き返す。寓話といわれる所以だが、子どもたちが屋敷で遭遇した暴動騒ぎの一年が、大人たちが水辺の楽園で過ごした一日に当たるという、まるでアインシュタインの特殊相対性理論のような時間の流れ方の遅れが凄い。これぞ、マジック・リアリズム。

作家自ら小説のなかに登場し、ベントゥーラ一族のモデルとなった一人に、書いたばかりの原稿を読み聞かせ、実際とちがうと言わせるなど、ポスト・モダン小説のはしりを感じさせ、さらに、メタ小説として、モデルとやりあう際の文体は卑俗なリアリズム調を、物語然とした別荘での出来事を叙述する際は時代がかったロマンティシズム溢れる華麗な文体を使用するなど、どこまでも意識的な小説作法を駆使した克明にして詳細な叙述は、道徳も倫理もかなぐり捨てたように、淫蕩にして放埓三昧に耽る年端もいかぬ少年少女の穢れきった遊び、飢えかつえた逃亡の果ての人肉嗜食にまで及ぶが、読者には登場人物を現実存在ではなく「言葉の作り出す世界のみに存在可能な象徴的存在」として受け入れてもらいたいといった所感を予め作中に登場する作家に言わせるなど、どこまで行っても食えない作家である。それでいて『シテール島への船出』を思わせるピクニック風景の臈長けた美しさなどは、他のラテン・アメリカ作家では味わえない官能美を湛える。酸鼻、叫喚、悪意ある哄笑を厭わぬ向きには推奨できる逸品といえる。

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by abraxasm | 2014-09-23 15:59 | 書評
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読み終わる頃に、背中の辺りに冷たいものが流れるような悪寒が感じられた。ホラー小説ではない。「アメリカをテーマにする優れた歴史小説」に贈られる賞を受賞している、というのだからジャンルでいうなら歴史小説なんだろう。第二次世界大戦当時のアメリカ、ユダヤ人社会に生きるひとりの少年の回想録という体裁になっている。しかも、主人公の名がフィリップ・ロスというのだから、ふつうなら自伝小説と思ってしまうところだ。しかし、その作者がロスだとすると、一つやっかいなことがある。ロス作品に登場するロス、或は作家を思わせる人物は必ずしも作家自身ではないからだ。もちろん、自伝的小説の主人公が作家自身でないことはいうまでもないが、ことはそれほど簡単ではない。

ヨーロッパでヒトラーによるナチス政権が台頭し、ユダヤ人に対する迫害を強めていた頃、アメリカはヨーロッパ戦線への参戦を強く求められていた。当時の大統領フランクリン・ローズヴェルトは、参戦に対し前向きであったが、自国の平和を守るという孤立主義を唱える共和党の一派は、三選を狙う民主党の大統領候補ローズヴェルトに対し、対立候補を立て、これを阻止しようとしていた。その対立候補として俄然前評判が高かったのが、大西洋単独無着陸飛行に成功した英雄チャールズ・A・リンドバーグだった。

リンドバーグ夫妻の長男が誘拐され、死体が森で発見されたことは有名な話だが、その後、夫妻が英国に移り、しばしばドイツを訪問し、ヒトラーと接近していた上、ナチスから勲章まで授与されていたとは知らなかった。それだけでなく、反ユダヤ主義者としての発言が世評を動かしていたことも。歴史にイフ(もしも)というのは在り得ない、というのはよく聞く文句だが、もし、国民的英雄リンドバーグが大統領選に臨み、ローズヴェルトを破ってアメリカ大統領に選ばれていたとしたら、アメリカに暮らすユダヤ人の運命はどうなっていただろうか、というのがこの小説の主題である。前置きが長くなった。これはいわゆる歴史改変小説なのだ。

舞台はニューアーク。ユダヤ人が多く集まる界隈。保険外交員の父と、母、それに画才に秀でた兄の四人に従兄を加えた家族は、周りの環境にもなじみ、幸せに暮らしていた。ところが、共和党が次期大統領候補にリンドバーグを指名すると、事態は少しずつ動き始める。主義主張は応援演説の弁士が前もってお膳立てをしておき、聴衆が熱狂的になったところへ、飛行服に身を固めたリンディが、スピリッツ・オブ・セントルイスから降り立ち、簡単な演説をしてみせるだけで国民大衆は歓呼したのだ。この辺の大衆心理を操作する選挙戦術、マスコミ操縦法はどこの国、いつの時代もかわらない。大衆が欲しがるのは理屈ではない。イメージなのだ。

ローズヴェルトを推すロス家でも、母の妹がリンドバーグを応援する高名なラビの秘書となり、やがてラビその人と結婚。その影響で兄が「ゲットーのユダヤ人」である両親から距離を置き始める。ついで、従兄がヒトラーと戦うためカナダ軍に入り、脚を負傷。義足となって帰還する。父はユダヤ人街ではない地区への転勤を命じられるなどユダヤ人に対する風向きの変化を受けて家族の崩壊がはじまる。そんなとき、ラジオでリンドバーグ批判を繰り返していたコラムニストが、次期大統領候補に名乗りを上げ、遊説中暗殺される。各地で暴動の火の手が上がり、死者が出る。

表題を訳せば「アメリカに対する陰謀」。たしかに、小説の終りの方には歴史上の事実として知られていることの、どこまでが真実で、どこからが捏造、もしくは陰謀によるものなのか疑わしく思えるような記述が頻出し、何を信じたらいいのわからなくなる気がする。だが、大文字の歴史は、ある意味いつもそのようなもので、われわれの知らないところで動いている。主人公の父は、必死で情報を集め、対処しようと悪戦苦闘するが、事態は一市民がどうあがいたところでどうにもならないところまでわれわれをさらってゆくのだ。

他人事ではない。毎日の出来事、つまらないような小さな選択を一つ誤れば、事態は確実に思ってもみなかった方向に進んでゆく。少年の眼に映る父や母の、事態に対する態度、問題への処し方、隣人や親戚に対する接し方が、事あるたびに激しく揺さぶられる。全面的に頼りきっていた親の揺らぎは少年の判断を惑わせる。自分の生活を守ろうと、子どもなりに頭と心を働かせ、一生懸命考え行動する、わずか七歳の少年にさえ、取り返しのつかない後悔を一生味わわせるほどに。

極めて特殊な題材のように見えながら、いつでも起きること、どこにでもいる人々の物語である。読んでいて、このあたりの出来事は、つい最近の出来事に似ている、と何度も思わされた。たとえばヘイトスピーチの問題や一部マスコミによる反中嫌韓キャンペーン。日本という国に日本人として住んでいてさえ、居心地の悪さを覚えることがある。この小説は、人として生きることが単に自分ひとりの選択によって可能ではないこと。人は、自分についてまわる民族や国家、出自、習俗と切り離されて生きることがいかに難しい存在であるかということをいやでも考えさせてくれる。

というと、なんだか難しそうに聞こえるが、切手蒐集が趣味の少年の目を通して描かれる「二度と戻れない」1940年代初頭のユダヤ系アメリカ人の暮らしぶりがなんとも懐かしい。地下室に住んでいる死んだ家族の幽霊におびえたり、見知らぬ人の後を電車に乗って尾行したり、自分を孤児だと偽り、他人の服を着て家出をしてみたりする主人公は、いかにも後に作家になりそうな子どもだ。農場体験から帰った兄がベーコンやソーセージ(豚肉)を食べたことに驚いたり、クリスマスツリーを売る十二月の街の賑わいに目を見張ったりするなど、アメリカに住むユダヤ人の子だけが出会う発見がそこかしこにある。柴田元幸の訳は苦い中にもほのかな郷愁を漂わせた原作をよく日本語にしている。

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by abraxasm | 2014-09-18 10:49 | 書評
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同じように丸く明るく空に輝いても太陽と月はちがう。遍く人を元気づける太陽に比べれば、月の恩恵を受けるものは夜を行く旅人や眠れず窓辺に立つ人くらい。健やかに夜眠るものにとって月はあってもなくてもかまわないものかも知れない。カルカッタ、トリーガンジに住む双子のような兄弟、スパシュは月、ウダヤンは太陽だった。よく似た顔と声を持ちながら、独り遊びの好きな大人しい兄に比べ、一つ年下のやんちゃな弟は人懐っこく誰にも愛されて育った。

時代は1960年代。アメリカがベトナムを爆撃し、チェ・ゲバラが死に、毛沢東が文革路線へと走り、紅衛兵の叫ぶ「造反有理」のかけ声の下、世界中に学生運動の嵐が吹き荒れた。二人が住むカルカッタの北方、西ベンガル州ダージリン県にあるナクサルバリという村でも共産主義の活動家による武装蜂起が起きた。何が人の運命を左右するかは分からない。その地方にも稀な秀才として市内の大学に通っていた二人の運命はそれを境に二つに分かれ、二度と出会うことはなかったのだ。

海洋化学を専攻する兄はアメリカ留学の道に、弟は教師となり家に残ったものの、家族の知らぬ間にナクサライトの一員として革命の道を歩いていた。ロードアイランドの下宿屋に弟の死を告げる電報が届いたのは1971年。アメリカに来て三年経っていた。身重の妻を独り残し、弟は官憲の手により殺されていた。帰国した兄は弟の子を身ごもったガウリをアメリカに連れ帰り、自分の家族とする。やがて娘ベラが生まれるが、妻は頑なに心を開かず、育児より自分の研究を優先する。ある日、妻は娘を残し家を出、そのまま帰ることはなかった。スパシュはベラを男手一つで育て、困難もあったがベラは逞しく育つ。ベラが身ごもったのを知ったスパシュは今まで秘していた事実を告げるが…。

ジュンパ・ラヒリの最新長篇小説である。それだけの情報で、読む前から期待が高まる作家というのも、そうはいない。その名を一躍有名にした『停電の夜に』以来、『その名にちなんで』、『見知らぬ場所』と、短篇、長篇という枠に関係なく、どの作品も期待を裏切ることはなかった。そして、本作。両親が生まれたカルカッタと、作家自身が育ったロードアイランドの地を主たる舞台にとり、双子のようによく似たベンガル人兄弟と、その家族の半生に渡る人生を描いている。喪失とそれによる孤独からの回復を、静謐な自然描写と精緻な心理描写で描いてみせ、長篇小説作家としての資質を今更ながら明らかにした。著者の代表作になるといっていいだろう。文句なしの傑作である。

すぐ下に誰にも愛される弟を持った兄の気持ちが痛いように分かる。両親の愛も周囲の賞賛の声も弟の方に集まることを、兄は羨むでもなく自然に受け止め、自分ひとりの世界にふける。誰も追わず、入り江のように孤独に、波が運ぶ漂流物のような人や愛を受け容れる。弟の愛は分け隔てなく、恵まれぬ者、貧しい者にそそがれるが、かえって自分の近しい者はなおざりにされる。兄はそれを拾うようにして自分の近くに置くが、相手は弟の喪失を嘆くあまり兄の愛に気づかない。なんて哀しいのだろう。いちばん弟を亡くしたことを悲しんでいるのは兄なのに。

淡々とした筆致で綴られる文章は、章が変わるごとに母や妻の視点が現われては、魅力的な弟の在りし日の姿を回想し、読者の前に広げてみせるので、読者がスパシュの傍に立って相憐れむことを許さない。社会正義は弟の側にあり、母親から見れば故郷を捨て、望まれもしない弟の嫁と再婚をする息子など弟の比ではない。すぐ近くにいて、ウダヤンの思想と行動力に影響を受けた妻にしてみれば、善人ではあるけれど、自分と家族のことしか念頭にないスパシュは物足りない。

疾風怒濤のような時代に、西欧の地図で見るごとく大西洋を真ん中に挟み、東のカルカッタと西のロードアイランドを行き来しながら、主人公の眼や耳がとらえるのは、日没の入り江に立つ鷺の姿であったり、屋根を打つ雨音であったり、とあまりにもデタッチメント過ぎるようにもみえる。二人の兄弟はコインの表と裏。二人で一つだった。いつも弟に付き従うように行動していた兄は、独りでは半身をもがれた生き物のようなもの。喪失の重さを人一倍感じていたにちがいない。物語の終盤、事態が一気に動き出す。喪われたものは、贖われることで、報いをもたらすのだろうか。余韻の残る終幕に静かに瞑目するばかりである。

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by abraxasm | 2014-09-16 10:41 | 書評

『帝国の構造』柄谷行人

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西にイスラム国が誕生し、北ではウクライナ・ロシア国境付近が不穏な動きを見せている。アメリカは、シリアに爆撃を決定し、ロシアはウクライナのNATO入りを武力行使してでもやめさせようと躍起になっている。スコットランドが連合王国から独立するための住民投票を実施し、独立の可能性が高まると、それに呼応するようにスペインではカタルーニャやバスク地方独立の火花が上がる。まさに混沌とした世界情勢である。東欧の自由化、アラブの春の掛け声が騒がしかった頃に思い描いていた自由で平和な世界の到来は、淡雪のごとく消えてしまい、世界はまとまるどころか、ばらばらに粒状化し、隙あらば戦争状態に入ろうと、きな臭いにおいを漂わせはじめている。

それは日本をめぐる環境においても変わらない。安倍政権誕生以来、領土問題に端を発する中国との関係、同じく領土問題に加え、従軍慰安婦問題が関係をこじらせたままの韓国、と隣国との関係は冷え切っている。主権国家の独立が、それ自体価値を持つと信じられていた時代にあっては、予想もつかなかった事態に世界は突入しようとしている。このような時代を誰も予想していなかった。あのマルクスでさえも。では、なぜマルクスはまちがったのか。

『世界史の構造』以来、柄谷が提唱するのは、世界史を読み解く鍵として、マルクスのように「生産様式」を用いるのでなく、柄谷の発案した「交換様式」を採用すればいい、というものだ。マルクスのいう「生産様式」では、アジアは、生産手段を共有化するということで一括りにされ、原始共産社会のままで停滞した社会としてしか見られない。一方、「交換様式」という解析格子を適用すれば、アジアにも、いやアジアにしか見られない「世界史の構造」が見られるというものだ。

『帝国の構造』は、ギリシアにおけるイソノミアを扱った『哲学の起源』に続き、『世界史の構造』で言い足りなかった点を補説するものとして構想された。その名の通り、「帝国」に焦点を当てた内容となっている。近代国家の誕生は、旧帝国の崩壊を契機としている。それゆえに近代国家において、「帝国」は評判が悪い。しかし、フランシス・フクヤマが『歴史の終焉』と名づけた、資本主義のグローバリゼーションによる世界の安定は、一時的なものであり、それ以後の世界情勢は次々と見舞われる危機的状況にあえいでいる。柄谷によれば、世界は90年代から何ら変わっていない。世界は、いまだに資本=ネーション=国家というシステムの上に乗っかっているからだ。

柄谷が言うには、社会構成体は単独では存在せず、他の社会構成体との関係つまり「世界システム」において存在する。その四つの段階を交換様式との関係で述べると以下のようになる。第一、交換様式A(互酬)によって形成されるミニ世界システム、第二、交換様式B(略奪と再分配)による世界=帝国、第三、交換様式C(商品交換)による世界=経済(近代世界システム)、それにカントが「世界共和国」と呼んだ交換様式Dによる世界システムである。

それによれば、資本=ネーション=国家は近代世界システムである。実は交換可能な概念がまるで必然でもあるかのように三位一体の構造をなしているところに、近代世界ステムの問題がある。いちど、それを解きほぐし、新しい目で世界を見て見れば解決策はある、それは交換様式A(互酬)を高次元で回復した交換様式Dによる「世界共和国」であるというのが、柄谷の主張である。その主張はいつもながらの預言者めいた、ありえない未来を語るもので、現実離れしているのだが、それを解説するために持ち出した「帝国」擁護論が目新しい。特に、中国の学生に対する講義を基にした論考なので、中国の王朝史を帝国の歴史として読み替えるあたりの説得力はなかなかのものである。

主権国家ありき、という目線で世界に接する限り、目下の情況が好転することはまずありえない。それは誰にでもわかることで、未来への展望が開けない状況が、各国の疑心暗鬼を助長し、刹那的な祖国防衛、民族自決主義に奔らせている。旧帝国を専制国家としてではなく、宗教に対する寛容さ、周辺国の独自性の保障、多民族、多文化の共生、といった観点から見ることで、それを高次に回復することは可能ではないか、という提言と見れば、耳を貸すこともできよう。

副題の「中心・周辺・亜周辺」というキイ・ワードは、最終章「亜周辺としての日本」を語るためにも重要な概念である。日本が、中国という巨大な帝国の中にありながら、なにゆえ独自の発展を成し遂げたか、という所以を、海によって切り離された「亜周辺」であったことがその要因であったことを論証する過程は、少々大雑把に過ぎる気もするが、そういう細かなことには目もくれず、自分の思いつきをぐいぐいと引っ張ってゆくように読ませる柄谷の文章は好感が持てる。

日本のクオリティー・ペーパーである朝日新聞の相つぐ誤報問題に頭を悩ませておられる良識ある読者に、長年、マルクス、フロイト、カントを読み続け、自家薬籠中のものとし、今度は、アウグスティヌスの『神の国』まで引っ張り出し、力業で世界を解釈しなおそうとする柄谷の仕事は、巨視的な視点から世界の歴史を見ることの爽快さを味わわせてくれるのではないかと愚考する。

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by abraxasm | 2014-09-14 14:07 | 書評
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タイトルが、落語の『蒟蒻問答』のもじりであることがわかれば、この本の遊び心の割合がだいたい知れよう。禅についての知識など全くない蒟蒻屋が托鉢僧の禅問答に、自分の売っている蒟蒻の大きさや値段を手まねで見せたところ、相手は勝手に解釈し、たいした名僧知識と退散するというお話。大方の日本人にとって英語の翻訳などは、禅問答のようなもの、所詮は勝手な解釈によって成り立っているのさ、というのがその心か。

今は作家として知られる片岡義男は英語が堪能、というよりむしろ、英語で考え、日本語で書く作家と言ったほうが分かりよい。英語と日本語の間にある果てしもない距離について考えさせる評論は、この人の独壇場である。若い頃、その英語力を買われ、翻訳を仕事にしていたことはエッセイその他で読んだことがある。鴻巣友季子は、言わずと知れた今をときめく翻訳家。

この二人が翻訳のあり方について語り合い、ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』、チャンドラーの『ロング・グッドバイ』ほか五篇の人気小説の冒頭を、既にある訳を参照することなく、あらためて翻訳し、互いの翻訳について批評しあうという、翻訳小説好き、翻訳に関心のある人には、興味の尽きない対談本となっている。残り五人の顔ぶれは、サリンジャー、モンゴメリー、カポーティー、E・ブロンテ、そしてE・A・ポー。対象になった作品はその代表作。

序論にあたる「はじめに」に、二人の翻訳観が示されている。片岡の考えは、この人の読者ならおおよそ見当が付いていると思うが、初めての読者には、何という独りよがりな人だろうというふうに受け止められるかもしれない。片岡にとって英語はツールではない。書くことはもちろん、人との接し方に始まる生き方の基礎にあるもので、本人もいささか窮屈に感じていることが語られている。しかし、その規範から彼は一歩でも出ることをよしとしない。だから、何を訳しても、何を書いても、そこには片岡義男というスタイルがはっきり出ているのだ。

それに比べれば、鴻巣の方は、より自在である。原作者や時代に配慮しながら、いかにも名訳とうならされるような職人技を見せる。言葉の使い方も自由だし、一作ごとに変化も見られる。さすがにチャンドラーの“The Long Goodbye” の訳は奔放すぎて、ついてゆけなかったが。片岡が、あてはめ式に、ぴったり収まる言葉をできるだけフラットに使おうとするのに比べ、鴻巣は訳が降りて来るという言い方をしている。いうならば、なりきり型の訳者だろうか。

チャンドラーの“The Long Goodbye”については、定評のある清水俊二訳の『長いお別れ』に対し、村上春樹が『ロング・グッドバイ』という新訳をぶつけてみせたことで、新旧訳の比較論が喧しかったことを覚えている人も多いかもしれない。非力を知りながらも、二人の訳を比較しつつ、全篇を原書で読み通して、翻訳の面白さとともに、原文の持つ魅力に気づかされもした。そのチャンドラーの文章も、片岡にかかると、「陳腐」の一言で切り捨てられる。鴻巣のフォローなしには、この章は成り立たないのでは、という独断専行の片岡流が冴え渡るいちばん読み応えのある章になっている。

問題になるのは、テリー・レノックスがロールス・ロイスの中で酔いつぶれている冒頭のシーンで、駐車場係がレノックスの車に同乗している女性の視線を気にしない理由について書かれた次の部分。“At the Dancers they get the sort of people that disillusion you about what a lot of golfing money can do for the personality.” 村上訳では「金にものを言わせようとしても人品骨柄だけはいかんともしがたいということ人に教え、幻滅を与えるために、<ダンサーズ>は、この手の連中を雇い入れているのだ」となっている。片岡訳だとこうなる。「ザ・ダンサーズの客はかねまわりの良さが人の性格をいかに歪めるかの見本のような人たちで、彼は店の客にはすでに充分に幻滅していた」。

主語“they” の取り扱いがちがっているため、全然別の訳という感がある。何故そうなるのかといえば、「英文の構造を理解しないままに意味を取ろうとしているから」(片岡)なのだそうだが、天下の村上春樹もかたなしである。くわしくは本文を読んでもらうしかないが、鴻巣は、この差を視点のちがいで説明しようとしている。村上は同乗女性の視点で訳し、片岡は駐車場係の視点で訳しているからだ、と。

知っての通り、“The Long Goodbye”に限らず、ハードボイルド探偵小説は、探偵の一人称の語りを採用するのが通例である。だから、基本的に視点はマーロウの側にある。同乗女性や駐車場係に移ったりはしない。片岡は、チャンドラーを視点の扱いが粗雑な日本の時代小説と同レベルの扱いをするが、鴻巣が一生懸命内面視点や描出話法といった用語を使ってフォローしているのがおかしい。ここは、もちろん、マーロウの視点で語られているし、そのように書かれている。

梃子でも動かない片岡の頑固老人めく一徹さが見ものになっている、というと皮肉が過ぎるだろうか。全般的には、英語の翻訳のコツや秘訣、基本的な約束ごとといったマニュアル的な内容も多く、鴻巣が拾い上げる「片岡語録」は、必見といえる。二人が訳した七編の作品タイトルが、よく出来ていて、これだけ読んでみても楽しい。『思い上がって決めつけて』というのは、何のことで、『逢えないままに』は何か、作品名を答えられるだろうか。二つとも片岡の訳だが、本文はフラットな訳を心がけるだけに、題名は思いっ切り遊んでいるようだ。

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by abraxasm | 2014-09-08 12:37 | 書評


萩原朔太郎の詩が好きで、『月に吠える』『青猫』と読み進み、その口語自由詩のたたえるリズムに心地よく酔いしれていたら、突然、『氷島』の詰屈な文語調にぶつかり、いったい朔太郎はどうなってしまったのだろう、などと不審に思いながらも、その独特の韻律に、やはり心を揺さぶられ、序詩「漂泊者の歌」一篇は、当時大学ノートの裏表紙に万年筆で書き写し、暗誦したものである。


それにしても、口語自由詩の完成者と目される朔太郎が何故転向するかのように文語体で詩を書かねばならなかったのか、という疑問は解決を見なかった。ところが、その謎を解く鍵がこの本のなかにあったのだ。しかも、愛惜措く能わざる「死なない蛸」の精密な解読とともに。レヴィ=ストロースの「冷たい社会」/「熱い社会」の二分法を借りた「冷たい時間」(情報不在の不活性化していた社会)「熱い時間」(交通・通信技術が飛躍的に進化を遂げた明治十年代)という二つの時間を使って。


「明治の表象空間」について書かれた本のなかに、昭和の朔太郎の話が何故、と思われる向きもあろうかと思う。しかし、題名こそ、「明治」を冠しているが、この本、極めてアクチュアルな問題意識に貫かれている。フーコーが『言葉と物』で取り上げたのが、古典主義時代における生物学、経済学、文法学である。それが今日の精神分析学、文化人類学、言語学にいかに繋がっているか、目の覚めるような分析であった。著者の仕事は、日本版『言葉と物』といっても過褒ではなかろう。ただ、フーコーのそれが、いかにも冷静な記述で驚くべき知見が語られるのに比して、著者の言説は怜悧ではあるが裡に秘めた熱が、その表面を蔽う硬質なエクリチュールに罅割れを生じさせ、時に怒りや焦り、苛立ちが仄見える。たとえば、カントの定言命法を援用した「小さな(傍点以下略)正論」について。


「以後、近代日本は、小さな正論が猖蕨をきわめる社会として自己を成型し、それら正論群のネットワークを整備してゆく。正不正の判断それ自体が宙に吊られるわけではない。推しつけがましい判断(わたしは正しい)とそれに基づく強圧的な指令(わたしに従え)は、民衆の日常生活のもっとも細かな襞々の中にまで浸透してゆく。問題はそこで人々の精神と身体を縛り上げてゆく言説が、理性の私的使用に基づくものに限られているという点、そして、にもかかわらず、それら小さな正論群がいつの間にか一致団結し、大きな正論の虚像を虚空に描き上げるのに貢献してゆくという点なのである。かくして誇大妄想的な普遍性を僭称する大きな正論が、その発話に関して誰が責任をとるわけでもないまま、自然に生成してゆくことになってしまうのだ。」


この引用を、明治の初め頃の日本を描いたものとして読めるとすれば、かなり能天気な読者だろう。著者は、知識人の一人として、このような政治状況下にあって、何ができるかを問い詰め、エクリチュールの持つ不可能性を見極めつつ、何故それが、力を持たないか、どうしてそうなったしまったのかを、「明治の表象空間」を分析することで、明らかにしようとしたのだ。だから、風車に挑むドン・キホーテのように鎧兜に身を固め、勝てない戦に打って出たのである。


明治時代の司法制度、教育勅語の成立過程、福沢諭吉をはじめとする錚々たる顔ぶれの啓蒙的知識人の言説とその変遷、小石川植物園を例にとったシステム論、とどれも読み応えのある論考となっている。中でも、現在の日本語、日本文の基礎となっている言文一致の口語体使用を、一度現象学的括弧に括り、透谷、一葉、露伴の文語体の文章の持つエクリチュールの力を分析して見せた第三部「エクリチュールと近代」が圧倒的に面白かった。特に、一葉の『にごりえ』におけるお力の内的独白をヴァージニア・ウルフの『波』や灯台へ』のそれと比較して見せるあたり目を拓かれた思いがした。


朔太郎に戻ろう。いかにも時勢に合わせたかのような「日本への回帰」といったタイトルの下に書かれたエッセイの締めくくりの文を著者は引いている。「日本的なものへの回帰!それは僕等の詩人にとって、よるべなき魂の悲しい漂泊者の歌を意味するのだ。誰れか軍隊の凱歌と共に、勇ましい進軍喇叭で歌はれようか。かの声を大きくして、僕等に国粋主義の号令をかけるものよ。暫く我が静かなる周囲を去れ」と。回帰するべき日本(冷たい時間)は荒れ果て、軍靴の音高い日本(熱い時間)に生きることもできない詩人は漂泊者たらんとする。この国内亡命者の姿は、さらに時代を越え、大江健三郎や安部公房の作品に登場する穴に住まう人々と通低する。


異様なまでに硬質なエクリチュールで身を固めた長篇評論は、フーコー張りの言説的愉楽を湛えたものに見せてはいるが、その下で著者は必死に水を掻いているようだ。射程の長い考察は、これからのこの国を考えるためのヒントに満ちている。とっつきにくい相貌の下に、著者の熱い思いが隠されている。是非、手にとっていただきたい一巻である。


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by abraxasm | 2014-09-07 12:43 | 書評

『大いなる眠り』第3章

マーロウはリーガン夫人、つまり将軍の上の娘に呼ばれ、部屋を訪れる。その第一印象が語られる。


<部屋は大きすぎ、天井は高すぎ、ドアも高すぎた。部屋中に敷きつめられた白い絨毯はアロウヘッド湖に降った新雪のようだった。等身大の姿見やら、クリスタル製の安ぴか物がいたるところにあった。象牙色の家具にはクローム鍍金が施され、馬鹿でかい象牙色の厚地のカーテンは白い絨毯の上に崩れ落ち、窓から一ヤード離れたところまでもつれあっていた。白は象牙色を汚く見せ、象牙色は白を貧血じみて見せていた。窓は暗さを増す丘のふもとに面していた。もうすぐ雨がやってくる。空気には既に圧迫感があった。>


”the enormous ivory drapes lay tumbled on the white carpet a yard from the windows.”を双葉氏は「大きなぞうげ色の衝立が、窓から一ヤード離れたじゅうたんの上にひっくりかえっていた」と訳しているが、これは、まちがい。「ドレープ」は、厚手の生地でできたカーテンのことである。双葉氏は、横引きのカーテンが絨毯の上に一ヤードも転がったり横たわったりすることがイメージできなかったにちがいない。近頃のカーテンは床の高さで切られているが、少し前までは二重になったカーテンの室内側の方は、床の上で弛みができるほどたっぷりした丈に作られていたようだ。村上氏は「堂々たる象牙色の厚手のカーテンは、白いカーペットの上に垂れ落ち、窓から一メートル近くもつれて広がっていた」と、いつものようにヤードはメートル法に換算して訳している。部屋の中には”full-length mirrors”(村上訳「全身鏡」、双葉訳「大きな鏡」)のほかに”crystal doodads”(村上訳「水晶でできたがらくた」)もあったはずだが、双葉氏には珍しく訳から脱け落ちている。チャンドラーの筆は、冒頭の情景描写に呼応して、雨が近づきつつある窓外の気配をさりげなく挿入するあたりが心憎い。


<私は深く柔らかなソファの端に腰をおろし、リーガン夫人を見た。彼女には見つめるだけの値打ちがあった。まさに「トラブル」そのものだった。現代的な寝椅子にからだを伸ばし、スリッパは脱いでいた。それで、私は透き通った絹の靴下越しに彼女の両脚をじっと見つめることになった。見つめられることを意識して配置されているようだった。両脚とも膝まで、片方はもっと奥まで見えた。膝には笑窪があり、骨張っても尖ってもいなかった。ふくらはぎは美しく、長く細っそりした足首のラインは、そのままで交響詩の旋律だった。背は高くほっそりして、一見すると強そうに見えた。頭は象牙色のサテンのクッションに押し当てていた。髪は黒く硬く、真ん中で分け、ホールの肖像画と同じ熱く黒い目をしていた。形のいい口と顎をもち、唇は心もち拗ねたように下がり、下唇はぷっくりしていた。>


”The calves were beautiful, the ankles long and slim and with enough melodic line for a tone poem.”<ふくらはぎは美しく、長く細っそりした足首のラインは、そのままで交響詩の旋律だった>のところを、双葉氏は「脛(ふくらはぎ)は美しく、足首はほっそりして、韻をふんだ詩みたいになめらかな線だった」と訳す。村上氏は「ふくらはぎは美しく、踵(かかと)は細くすらりとして、その滑らかな旋律は交響詩の一節になりそうだ」と訳している。”a tone poem”を双葉氏は「韻をふんだ詩」と、読んだわけだが、その前にある”melodic line”の持つ音楽性を無視しては拙いのではないだろうか。ここは、ふくらはぎから足首にかけてのラインを、音符のつながりが作るメロディー・ラインに見立てて、そのなめらかな曲線を賛美している、と読むのが正解ではないか。そう考えたとき、双葉氏は、せっかく「なめらかな線」という形象を浮かび上がらせながら、「韻をふんだ詩」という音韻を持ち出すことで、喩えがうまく成り立たないきらいがある。また、村上氏の場合、細くすらりとした踵を「滑らかな旋律」に喩えることで比喩として成立してはいるが、せっかくのラインという言葉を響かせ損ねている点が惜しい。


<彼女は酒を手にしていた。一口飲み、グラスの縁越しに冷ややかな眼差しをまっすぐ私に投げてよこした。

「それで、あなたが私立探偵というわけね」彼女は言った。「そんなものが本当に存在するなんて知らなかった。本の中は別よ。いるとしても、ホテルを嗅ぎまわる脂ぎった小男だと思っていたわ」

 私には関わりのないことだった。だから聞き流していた。彼女は寝椅子の平らな肘掛の上にグラスを置くと、エメラルドをきらめかせ、髪に触れた。彼女はゆっくり言った。「父は、気に入った?」

「気に入りました」私は言った。

「父はラスティが気に入ってた。ラスティのことは知ってる?」

「ふうむ」

「ラスティは時には粗野で無作法だった。だけど、彼はまちがいなしの本物。そして、父をとっても楽しませてくれてた。ラスティは、あんなふうに消えちゃいけなかった。父はそのことでたいそう心を傷めたの。口じゃそうは言わないけど。あなたには言った?

「そのことについては話がありました」

「あまり、おしゃべりな方じゃないようね、ちがう?マーロウさん。でも、父は彼のことを探し出したい。そうじゃない?」

私は少し間を置くあいだ礼を失しない程度彼女を見つめ、「そうでもあり、そうでもない」と言った。

「それでは、ほとんど答えになってないわ。彼を見つけられそう?」

「私はまだやってみるとも言ってません。なぜ、失踪人捜査課を頼らないんです?彼らには組織があります。これは一人でやる仕事じゃない」

「父は、この件に警察を関わらせることを嫌がるでしょう」彼女は、再びグラス越しに滑らかな視線で私を見遣ると、酒を飲み干し、呼鈴を鳴らした。脇のドアからメイドが入ってきた。黄味がかった面長で優しげな顔つきの中年の女性で、長い鼻をし、顎がなく、濡れたような目をしていた。長い間働いた挙句用済みとなって放牧場に戻ってきた気立てのいい老馬みたいだった。リーガン夫人が空っぽのグラスを揺らすと、彼女はお代わりをつくり、手渡すと部屋を出て行った。無言で、私の方を一顧だにせず。

 ドアが閉まると、リーガン夫人は言った。「それで、あなたはどうするつもり?」

「いつ、どうやって彼は出て行ったのですか?」

「父は言わなかったの?」

 私は首をかしげ、彼女ににやっと笑いかけた。彼女の顔が真っ赤になった。熱く黒い瞳は怒りを帯びていた。「隠し立てなんか願い下げよ」彼女はびしっと言った。「それと、あなたの態度は気に入らない」

「誰もあなたに夢中ってわけじゃない」私は言った。「私が会いたがったんじゃない。あなたがそう言ってよこしたんだ。上流ぶって見せようが、ランチ代わりにスコッチを一瓶飲みほそうが知ったこっちゃない。おみ足を見せびらかすのも構わない。素敵な脚で、お近づきになれたのは光栄の至りでしたがね。私の態度をどう思おうが知っちゃいない。確かに良くはないさ。長い冬の夜なんか悲嘆に暮れますよ。けどね、私を尋問しようなどというのは時間の無駄遣いだ」>


「そうでもあり、そうでもない」と訳したところ。原文は”Yes and No,” だ。村上氏は「答えはイエスであり、ノーです」と、ほぼそのまま日本語にしている。英語の持つ、こいうシンプルさがたまらないのだが、そういったシンプルさが何とか日本語にならないか、と考え悪戦苦闘中である。因みに双葉氏は「たのんだともいえるし、たのまないとも言えますね」と、丁寧に意訳している。リーガン夫人に対して、マーロウが切ってみせる啖呵がいい。こういうところを訳すのは面白い。原文を次に示す。


”I’m not crazy about yours,” I said. ”I didn’t mind your ritzing me or drinking your lunch out of a Scotch bottle. I don’t mind your showing me your legs. They’re very swell legs and it’s a pleasure to make their acquaintance. I don’t mind if you don’t like my manners. They’re pretty bad. I grieve over them during the long winter evenings. But don’t waste your time trying to cross-examine me.”


”I’m not crazy about yours,”を双葉氏は「もったいぶってるわけじゃない」と訳す。これは、その前にあるリーガン夫人の言葉を双葉氏が「なにも、もったいぶることなんかないじゃないの」と訳したのを受けてのことだ。村上氏は「私もあなたのマナーをとくに気に入ったわけじゃない」と訳している。これも、その前の夫人の”And I don’t your manners.”を受けての意訳だ。プロの翻訳家と世界的な作家がこんなふうに意訳しているのだから、そういうものか、とも思うのだが、夫人の、誰もが自分に夢中になるにちがいないという思い込みを、一度ぺしゃんこにしてやろうというマーロウの目論見だろうから、あえて、直訳してみた。


”I didn’t mind your ritzing me or drinking your lunch out of a Scotch bottle. “のなかに出てくる”ritzing”が、最初分からなかった。でもスペルをよく見ると、あのスナック菓子を思い出し、連想ゲームのように、ハリソン・フォードの映画を思い出した。主人公が記憶をなくし、逢引きに使っていた高級ホテルのリッツ・カールトンの「リッツ」を菓子の「リッツ」と取り違え、菓子箱の絵ばかり描く場面だ。双葉氏はここを「あなたが高慢ちきなところを見せびらかそうと、昼食がわりにスコッチを一本あけちまおうと、僕はかまわん」。村上氏は「私の前でえらそうにしようが、スコッチを昼食がわりにしようが、それは私の知ったことではない」と訳している。辞書にもちゃんとホテルの「リッツ」から来ている言葉で、「みせびらかし・誇示」の意と、載っている。


<彼女が叩きつけるようにグラスを置いた、そのはずみで残っていた酒が象牙色のクッションの上にはねた。彼女は脚を床に向けて振るようにして立ち上がった。目は火花を発し、鼻孔は広がっていた。口は開かれ、ぎらぎらと輝く歯が私を睨みつけた。拳は白くなっていた。

「誰も私に向かってそんな口はきかないわ」しゃがれ声で言った。

私は座ったまま、にやりと笑いかけた。たいそうゆっくりと彼女は口を閉じ、こぼれた酒を見おろした。寝椅子の端に腰をおろし、顎に一方の手をあてがった。
「ったくもう、あなたは大きくて腹黒いハンサムな獣よ。ビュイックをぶつけてやれたらいいのに」

 私は親指の爪でマッチを擦った。珍しいことに一度で点いた。煙を宙に吐き、待った。

「人を人とも思わない男は大嫌い」彼女は言った。「どうしようもなく、へどが出る」
「何を怖がってるんですか?リーガン夫人」

彼女の目が白くなった。そのあと、目全体が瞳孔になってしまったみたいに黒くなった。鼻孔はつままれたようにせまくなった。

「父があなたにしてほしかったのはそれが全部だというの?ちがうでしょ」彼女はやっとしぼり出したよう声で言った。声にはまだ、私に対する怒りの切れ端が纏いついていた。「ラスティのことよ。そうだったんでしょ?」

「お父さんに訊かれたらいい」

彼女は、また燃え上がった。「出ていって。さっさと出ていきなさい」

私は立ち上がった。「座りなさい!」噛みつくように言った。私は座った。手のひらを指でたたきながら、待った。
「お願い」彼女は言った。「お願いよ。あなたはラスティのことを探し出せるわね。もし、父がそう頼んだとしたら」

 それもやはり役に立たなかった。私はうなずき、そして尋ねた。「彼はいつ出て行ったのですか?」

「ひと月前のある日の午後、彼は何も言わずに車で出かけた。車は彼らがどこかにある私用の車庫で見つけた」
「彼ら、とは?」

 彼女は魅力を取り戻した。全身から力みが抜けたようだった。それから勝ち誇るように微笑んだ。「父はその時の話をしなかった」彼女の声は上機嫌といってもよかった。まるで私の一歩先を行っているかのように。もしかしたらその通りだったのかも知れない。


<彼女が叩きつけるようにグラスを置いた、そのはずみで残っていた酒が象牙色のクッションの上にはねた。>のところ。双葉氏は「彼女はグラスをたたきつけるように置いたが、はずみでぞうげ色のクッションの上へころがった」と訳している。原文は”She slammed her glass down so hard that it slopped over on an ivory cushion.” 一見したところ問題がないように思えるが、ひっかかるのは”slopped”だ。”slop”は、「(液体)を(ぼとぼと)こぼす、(ピチャピチャ)とはねを上げる」のように液体がこぼれたときの様子を表す動詞だ。とすれば、象牙色のクッションの上に落ちたのは、グラスそのものではなく、中に入っていた飲み物を指しているのだろう。村上訳は「彼女はグラスを叩きつけるように置いたので、中身がいくらか象牙色のクッションにはねた」となっている。


<「ったくもう、あなたは大きくて腹黒いハンサムな獣よ。ビュイックをぶつけてやれたらいいのに」>原文は、”My God, you big dark handsome brute! I ought to throw a Buick at you.”だ。この「ハンサム」、双葉氏は「背は高く、色浅黒く、好男子のけだものさん」と訳しているが、村上氏は「大きくて、ハンサムで、どす黒い獣みたいなやつ」と、ハンサムのままだ。スマートもそうだが、ハンサムにも見かけ以外に「賢い」のような意味がある。同じく「ダーク」にも目で見える黒さ以外に心象としての黒さを表すことがある。いっそ、「ビッグ、ダーク、ハンサム、ブルート」とそのまま日本語にしてしまったほうがニュアンスが伝わるのではないか、とさえ思った。


<彼女の目が白くなった。そのあと、目全体が瞳孔になってしまったみたいに黒くなった。>原文は、”Her eyes whitened. Then they darkened until they seemed to be all pupil.”だが、双葉氏は「彼女の目が白くなった。と思う間に、全部がまつげみたいに黒くなった」と訳す。”pupil”に「まつげ」の意味はない。中学校で習った英語では小学生までの子どもを表す意味と覚えていたが、相手の瞳のなかに小さく人の形が映ることから、転じて「瞳」を意味するようになったらしい。


”She got cunning”<彼女は魅力を取り戻した>を双葉氏は「彼女はだんだんずるくなってきた」、村上氏は「彼女は小狡(ずる)い顔になった」と、訳している。ふつうはそうだろう。「カンニング」は芸人の名前に使われるくらい日本語化している。しかし、稀にだが、特別な場合「魅力的な」とか「可愛い」とかの意味で使われることがあるらしい。文脈で考えると、それまでマーロウにやられっぱなしだった夫人が、ここでやっと一本取り返したという場面である。すぐ、そのあとでマーロウも渋々ながら、事実を認めている。だとすれば、ここで彼女の見せる勝ち誇ったような笑顔が広がる、その少し前の表情は、けっこう可愛く見えたのじゃないだろうか。マーロウの目を通して見るのだ。「ずるさ」を見たとしたなら、マーロウは自分の負けたのが悔しかったのだろう。魅力的に見えたのなら、相手の勝ちを称えたといえる。あなたなら、どちらを採るだろうか。


<「リーガン氏のことは聞いた。が、お父さんが私に会いたがったのはそのことではない。私に言わそうとしていたのは、それだろう?」
「いいの。私、あなたが何を言おうが気にしない」

 私は再び立ち上がった。「それでは、そろそろお暇することにしよう」彼女は何も言わなかった。私はそこから入った背の高い白いドアの方へ行った。振り返ると、彼女は歯で唇を噛んでいた。絨毯の縁飾りを噛む仔犬みたいに。

 私は外へ出た。タイル敷きの階段を下りて玄関ホールに出ると、執事がどこからかふらっと現われた。手に私の帽子があった。彼がドアを開けてくれている間に私はそれをかぶった。

「君はまちがってたよ」私は言った。「リーガン夫人は私に会いたがってなんかいなかった」

彼は銀髪の頭を下げ、慇懃に言った。「失礼しました。私は粗相が多いようです」彼は私の背でドアを閉めた。>


父が探偵を呼んだ目的は夫の捜索ではなかった。それが分かった夫人にマーロウは用無しだ。しかし、夫の行方は相変わらず分からない。どうしたらいいのか、不安は募る。その様子を表した一文。

”When I looked back she had her lip between her teeth and was worrying it like a puppy at the fringe of rug.”を双葉氏は「彼女はくちびるをかみ、困ったような顔をしていた。敷物の縁飾りをかんでいる狆ころみたいだった」。村上氏は「振り返ると彼女は唇を噛みしめ、絨毯の端っこに挑む小犬のようにそれを手荒く扱っていた」と訳している。「困ったような顔」や、「手荒く扱っていた」は、”worrying”の意を汲んだものだろうが、”worry”には、よく知られた「心配する」のほかに「(動物が)…をくわえて振り回す」という意味がある。村上氏は、それを採ったのだろう。ただ、その様子は、小犬の比喩で分かるように配慮されている。あえて、屋上屋を重ねる必要はないのではないか。


<私は階段の段上に立ち、煙草の煙を吸い込み、花壇や刈り込まれた樹木が鉄柵まで続くテラスを見下ろした。金箔を被せた槍をつけた鉄柵は地所を取り囲んでいた。曲がりくねったドライヴウェイが土止め擁壁の間を抜けて、開いた鉄の門まで下っていた。柵の向こうに数マイルに及ぶ丘の斜面が広がっていた。その麓のはるか遠くには、スターンウッド家がそれで金を儲けた油井の木製櫓がいくつかかろうじて見える。それら現場のほとんどはきれいに整地された後、スターンウッド将軍によって市に寄贈され、今では公園になっている。しかし、少しは残っていて、その内の一群の井戸は今でも一日あたり数バレルの石油を生産している。スターンウッド家の者は、丘の上に移転してからは腐りかけた溜り水や石油の臭いを嗅がずにすむようになった。が、今でも正面の窓からは彼らを金持ちにした縁(よすが)を見ることができた。もし彼らが望めば、だが。私は彼らがそうしたがるとは思えなかった。>


映画でも見ているようにハリウッド郊外の景色が目の前に広がってくる。しかし、情景描写とはよく言ったもので、マーロウの目を通し、チャンドラーの文明批評が言葉の端々に顔をのぞかせている。スターンウッド一族も、以前は映画『ジャイアンツ』でジェイムズ・ディーン演じる青年のように、噴出す原油に目を細めたものだろうが、資産家となった今では、ヨーロッパの王侯貴族が暮らす城のような大邸宅を建て、優雅に住みなしている。しかし、内実はヤク中の娘の不始末やら、家出中の闇酒密売人の夫を持つ娘やらに頭を悩ます死にかけの老人が暮らす抜け殻のような屋敷に過ぎない。広大な敷地を取り囲む金ぴか槍の鉄柵と、その向こうに煙るように見える昔を知る油井の櫓。いくら距離を置こうが、臭いものは臭いのだ、と言いたいようなマーロウの口吻である。


<私は、柵の内側に沿ってテラスからテラスへと続く煉瓦敷きの小路を歩いて下り、門を出て路傍の胡椒木の下に停めてあった車のところまで行った。今や丘の麓に雷鳴がとどろき、上空は暗紫色をしていた。土砂降りになりそうだった。空気にはじめじめした雨の予兆があった。私はコンバーチィブルの幌を上げると、ダウンタウンに向けて走り出した。

 彼女は素晴らしい脚をしていた。それだけは彼女のために言っておきたい。彼女と彼女の父は、そこそこ人あたりのいい市民だった。彼はおそらく私を試そうとしたのだろう。彼が私に与えた仕事は弁護士の仕事だ。もし、「稀覯書及び愛蔵本」取り扱いのアーサー・グウィン・ガイガー氏が強請り屋だったとしても、まだ弁護士の領分だ。目にしたよりもっと多くのものが隠れていた場合は別だが。ちらっと見たところ、かなり面白そうなことが見つかりそうに思えた。

 私はハリウッド市立図書館まで車を走らせ、『有名初版本』という古ぼけた書物を繰り、付け焼刃で調べものをした。半時間ほどもやったら昼飯が食いたくなった。>


先ほど俯瞰した景色を、今度はマーロウに歩かせるという、どこまでも映画的な手法で筆を進めてゆくチャンドラーである。<『有名初版本』という古ぼけた書物から半可通な知識を手に入れた>は、原文では”did a little superficial research in a stuffy volume called Famous First Editions.”。双葉訳は「そして『初版研究』と称するかび臭い本をちょっと調べた」。村上訳は「『有名な初版本』という古臭い書物のページを開き、即席の知識をいくらか仕入れた」。双葉訳は、きびきびしたテンポが小気味よいが、”superficial”(浅薄な)が効いていない。村上訳は、意を尽くした訳といえる。尽くし過ぎているかもしれない。



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by abraxasm | 2014-09-05 14:29 | THE BIG SLEEP

覚え書き


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