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競馬に行ってきました。

生来の出不精で人に誘ってもらわないとどこにも出かけようとしない。
それに加えて何かにつけて一言あるほうだから、相手も声をかけにくいのだろう。
どこかへ出かけるのは、家人を通じてお誘いがあった場合に限られていた。
ところが、めずらしいことに職場の同僚から「競馬に行きませんか?」という声がかかった。

近頃、競馬は若い女性にも人気らしいことは話に聞いていた。
競馬好きの同僚がその話をしたところ、「行きた~い」という声があがった。
どうせなら多い方がいいというので、いつも暇そうな当方にも声がかかったのだ。
迷っていたのだが「行ってきたら」という家人の後押しもあって重い腰を上げたのだった。

京都競馬場は、大学時代帰省のおりなど電車の窓からよく目にして知っていた。
新名神が開通してから、京都は近くなった。8時に家を出て10時半には競馬場に着いた。
さっそくパドックに向かう。スタンドの正面、円形の芝生を囲んで階段が設けられている。
次のレースに出場する馬が、係員の持つ綱に引かれて、何度も芝生の周囲を回っていた。

競走馬を目の前で見るのは初めてだった。よく毛並みがいいというが、本当に美しい。
天気も良かったので、栗毛の馬など日の光を反射して黄金色に輝いていた。
正面の大きなパネルには馬の体重や騎手の名、オッズ(賭け率)が表示されている。
番号と照らし合わせて、その馬の調子を馬の体の様子から判断するところがパドックだ。

興奮して口からよだれを出している馬。腹のところからぽたぽた汗を落としている馬がいる。
はじめからそんなに興奮していたら、レースの駆け引きができなかろう。
その反対に異様に落ち着いている馬はどうだろう。この日の京都記念出走馬のなかで、いちばん落ち着いていたのが、サクラメガワンダーだった。反対に首を大きく振り、落ち着かないのが、タスカータソルテ。京都の芝では強いアドマイヤオーラは、14キロも体重を落としてきたせいか他の馬より一回り小さく見えた。

地方競馬から中央競馬に出て活躍している安藤勝己の名は競馬に暗い当方でも知っていた。馬のことはよく分からないから、馬の尻の筋肉の張り具合や毛並みの色艶と騎手で決めた。賭け方もよく知らないので、教えてもらった一着、二着を予想する「馬連」と一着だけ予想する単勝で買った。安勝(あんかつ)と、イタリアから来ているデ・ムーロ、名騎手福永の二世と馬の組み合わせだ。

結果は安勝で一度とった。しかし、6馬身も離すぶっちぎりで、オッズは1.8だから500円の単勝で900円。誰でも予想できる勝ち方では儲からないものらしい。一緒に行った初心者仲間の一人は万馬券をあてた。3-9の馬連で100円が18000円になる。300円が五万円に化けたわけだ。面白いのは、それまで外してもはしゃいでいたのに、勝ったらかえって元気がなくなってしまった。どうやらこの日の勝ちで今年の運を使い果たしてしまった、と思ったらしい。

土山では雪に降られ、先が危ぶまれたのに、京都についてみれば競馬場はぽかぽか陽気だった。競馬場は明るく清潔で、食事をとるところもたっぷり用意され、実に快適になっている。昔の競馬場は知らないが、これなら若い女性が来ても当たり前だ。完全にイメージが変わった。重賞レースの迫力にも接したし、いい経験をさせてもらった。

心残りはスタート位置で何かがあったらしく出場できなかったアドマイヤオーラだ。引き締まった体は勝負に来ていたにちがいない。払い戻しはしてもらったが、走るところを見たかった。勝ったのはアサクサキングス。単勝で買っていたサクラメガワンダーも良く走ったがクビの差で二位に終わった。金を賭けるには賭けるのだが、賭けることによって、金ではなく馬に愛着が生じる。ゴール前では拳を握りしめ、自分の選んだ馬の名を叫んでしまうのだ。競馬というのは、なかなかもって奥の深い趣味である。はまる人の気持ちが少し分かった気がする。
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by abraxasm | 2009-02-22 12:10 | 日記

処方箋

かかりつけの医者を贔屓にしているという言い方はないだろうが、何かというとやっかいになっていた近所の医者が東京に引っ越してしまった。いつ行ってもすぐ診てくれるというのは、こちらにとってはありがたいが、医者としたらひまだったということだろう。

インフルエンザの時も花粉症の時もここに行けばすぐ診てもらえた。待ち時間のないのは何よりだった。眠気に弱い体質なので、クラリチンという薬がいちばん合っていたのだが、新しく行った医者には置いていなかった。医薬分業で薬局が別になっているところが多い中で、ここは院内薬局になっている。クラリチンがないということでアレグラを処方されたのだが、試してみるとやはり眠くなる。夕食後服用すると、夜は本が読めない。

昼休み、近所の耳鼻科に処方箋を書いてもらえないか、と電話を入れた。ここは前行ったことがあるが、いつもいっぱいで車がとめられずに通院をやめていた。しかし、隣に処方箋薬局があったことを思い出したので、もしかしてと思って電話したのだ。名前と生年月日を告げてしばらく待ったが、カルテが見当たらないという。数年前に一度行っただけだから仕方がない。クラリチンがほしいというと、扱っているから先生に診てもらうときにそう言うようにと教えられた。

外国映画では、医者の処方箋さえあれば、どの薬局でも薬が買える。医薬分業になった日本でも同じことができればいいのに、と常々思ってきた。電話の感じでは、一度診てもらえば処方箋は書いてもらえそうだが、処方箋の有効期間が問題だ。一回で二週間分ほどしか薬はもらえない。そのたびに医師の診断を受けるのは花粉症などの場合必要ない。前の医院では受付で言えば処方箋が出てきた。待ち時間なしに処方箋がもらえるところが贔屓の理由だ。

今度の先生はどうだろうか。処方箋だけのために小一時間も待たされないといけないのはつらい。一度行ってみれば分かることだ。今の薬が切れたら早速行ってみようと思っている。
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by abraxasm | 2009-02-17 18:19 | 日記

歯が折れた

加齢の訪れは歯から来ると、聞いて知ってはいたものの、突然ぽろりと歯がかけると驚く。
予兆は前からあった。定期点検で半年ぶりに歯医者を訪れたとき、
「どうですか?」と聞かれ、「上の前歯のあたりに違和感があります。」と告げたくらいだ。
痛いというのではないが、しびれたような感じがいつまでも去らない。

そのうち、違和感のもとになっている歯がどれかはっきり分かるようになってきた。
「これは痛いですか?」と、言いながら医師が器具で軽く叩いても痛くはない。
「全然痛くありません。」と、言うと、「神経が死んでますね。」と、言われた。
神経を抜いてしまう治療も、麻酔なしでできるのだから完全に死んでいたらしい。

歯が折れたのは、その後しばらくしてからだった。
ちょうど予約のしてあった日に折れるからおかしい。
折れたことを言っても、「ああそうですか」と全然、気にもとめない様子。
神経を抜くと歯が弱るとは聞いたが、こんなに早く折れるとは思わなかった。
神経を抜いたあとを掃除し、ふたをして、かけた部分を一時補正してくれて終わりだ。
最終的にはセラミックをかぶせることになった。十万円の出費になる。
保険の治療では色が変わったり、沈んだりすると説明されたら誰だって考えるだろう。
前歯なのだ。笑ったらいちばん最初に目にとまる。

一時的な補正でもものは食べられるが、ガムやハイチュウを食べるとすぐとれてしまうという。
車の運転中に眠くなると、よくガムを噛んでいたが、早く治さないとガムも噛めない。
いちばんはじめに歯がかけたのは、エジプトで杏を食べたときだ。
今にして思えば、あの時から弱っていたのかも知れない。
今度は日本でよかったということにしておこう。
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by abraxasm | 2009-02-16 18:15 | 日記

苺狩り

今日はコペン仲間と、苺狩りへ。国道沿いのスーパーで待ち合わせてから出発した。
鈴鹿にあるホンダの系列工場の一角にそれはあった。どうして工場に苺ハウスがあるのかは謎のまま残された。広い工場のいちばん奥にビニールハウスが何棟も並んでいる。予約は十一時だったが、集合時間に遅れた仲間を待って少し遅れた。

予約客限定で一人1800円。45分間に限り食べ放題というシステムだ。
バッグ類は車に置いておかないといけない。苺のつるを引っ掛けないためだというが、もち帰りは許されていないから、隠れて持って帰るの防ぐためだと思われる。
その他練乳の持ち込みも禁止だ。味を変えるとまた食べられるからね。

手を洗ったら、いざ食べ放題へ。
トチオトメという品種の苺は完熟なので真っ赤なものを選ぶようにとすすめられた。
ヘタを入れる袋も渡された。ヘタをもいでそちらのほうから食べるほうがおいしいという。
苺はつるから下に下がるから甘味も下に溜まるのだろう。

大きくて真っ赤な苺がいくらでもとり放題。もじいては口に放り込む。あ、甘い!
たしかに美味しい。しかし、いくら苺でも十ばかり食べると、おなかがいっぱいになってくる。
それでも、入場料の分くらいは食べないともとがとれないと思うから、みんな必死で食べている。完熟で色艶もよく、ほんとうに見事な苺だが、口のほうが甘さに慣れてくると、最初ほどの感動はなくなる。十分もすると、みんな入り口にある椅子のところに戻ってきた。

この日は暖かな天気で、ビニールハウスの中は初夏を思わせる暑さである。
おなかは張る。汗は出る。食べ放題もなかなか大変だ。しばらく休んで、また苺に向かうが、はじめほどの元気はない。結局、二十個くらいは食べたと思うが、元は取れていないだろう。
持ち帰りのパックは別売りで900円だった。多分それくらいは食べたと思う。
自分でとって、みんなでわいわい言いながら食べるところが面白いのだろう。
自分だけなら行くはずもないので、いい経験をさせてもらった。

その後、神戸から来てくれた仲間もいるので、青山高原へツーリング。
十台ものオープン・カーがつるんで走るとさすがに目を引く。あちこちで視線を集めた。
いい天気でオープン日和。気持ちよく走ったが、青山高原はさすがに寒かった。
帰りは近くの猪倉温泉で温まって、しめは天下一品のラーメン、助手席特典でビールつき。

山里には紅梅白梅が今を盛りと咲きほこリすっかり春の気配。
もちろん、帰りは助手席でぐっすり。みなさん、お付き合いありがとうございました。
いい一日でした。
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by abraxasm | 2009-02-15 21:01 | 日記
作者はハンガリー人。ハンガリーの文学界では著名人で映画の脚本も書いているらしい。ちなみにハンガリー人の名前は日本人と同じで、姓・名の順に表記されるそうだ。それだからどうというわけもないけど親しみを覚えてしまう。

で、この小説だが、ハンガリー人がハンガリー語で書いているのに舞台は京都。登場人物も日本人である。そんな小説は今どきめずらしくもないと言われるかも知れない。どっこい、これは、少しちがう。ストーリーらしきものは確かにある。が、まるでそれがサイド・ストーリーのように読んでいて感じられる。

のっけから奇異に感じられるのは、冒頭に「2」とふられた章からはじまるからだ。ページは1とあるから落丁ではないと分かる仕組みになっている。「列車は線路の上ではなく一本の鋭い刃の上を走っていた。」という書き出しで、読者は現代の京都の町に誘導される。

福稲というから東福寺界隈と思しきあたりで京阪電車をおりた話者の眼には死んだように静まりかえった京都の町が映っているらしい。蓮実重彦の書く文章のようにきわめて息の長い文章が延々と綴られるに連れてまるでカメラを通して見つめているように、微細な風景が話者の心象風景を綯い交ぜるようにからめて語られてゆく。

一章自体は短いのだが、寺の境内の様子についてびっしり書き込まれた情景描写が終わると、新しい章が現れ、初めて主人公の名が明かされる。それが、源氏の孫君である。そうなのだ。この不思議な小説の主人公とはあの光源氏の孫なのである。

『名庭百選』という本に紹介されていた庭を探しに、供も連れず京阪電車に乗ってやってきたのだが、町は祭か災厄でもあったのか人っ子ひとりいず、案内人もないままに寺に入りこんでしまったところである。

叙述の体裁は断章形式で、時系列は操作されている。時折、誰もいない京阪電車の駅舎の情景を描いた章が挿入されるあたりは、まさにカットバック処理された映画を見ているような気分にさせられる。

寺を造るために、北は山、南は湖、西は道、東は川に囲まれた地を見つけるところからはじまり、吉野の山に生えた一本のヒノキを探すという、日本の寺の造営法から伽藍配置、一本のヒノキが宮大工の長年の経験によって山門のどの位置に使われるかといった蘊蓄がこれでもかというほど偏執狂的に記述される。

やがてそれは、主人公が探しながら見ることのかなわなかった秘密の庭の描写へと移るのだが、中国から風に乗って運ばれたヒノキの花粉が、運良く生きのびて、この寺のこの場所にまで来ることができたのかを例の蛞蝓が這い回った後に生じる燐光を帯びた航跡のような文体で延々描写される。

その合間合間に、孫君捜索の命を受けた背広にネクタイ姿の供の者たちが自販機のビールで酩酊するといったスラップスティックの場面を点綴しつつ、瀕死の犬やら、板壁に目玉の部分を釘で打ち付けられた十三匹の金魚だのというみょうに禍々しいオブジェを介し、持病の発作を癒すため一杯の水を探し求める主人公の探索行を物語るという、一筋縄ではいかない小説なのだ。

物語の展開があまりに奇想天外で状況が飲み込めないことから、読者はきわめて宙ぶらりんの状態で読むことを余儀なくさせられる。しかし、それでも謎にひかれるように読み進めていくと読むという作業自体は、次第に快楽の度合いを深めていくのであって、上質の読書体験が読者には約束されていると言えるだろう。

一つ落ち着かないのは、この独特の語彙とうねくるような文体がどこまで著者自身のもので、どこからが翻訳者の努力によるのだろうという点である。センテンスの長さは原著に合わせているのだろうが、寺社の建築、作庭に関する用語等は翻訳者の手柄だろうか。二度の半年ほどの京都滞在で自家薬籠中の物としたのなら、著者の見識を賞賛するしかないが。

最後の章のひとつ前で、場面はもとの京阪電車の駅舎に戻り、既視感に満ちた光景が描写され、物語は円環を閉じるように見えるのだが、列車の方向は初めとは反対の北を指し、京都の町でいましも起きようとする災厄を予言する禍々しい言葉が終わりの始まりを告げる。

こういう世界が好きな人にはたまらない作家だと思う。
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by abraxasm | 2009-02-14 15:48 | 書評

『日時計の影』中井久夫

著者は、神戸市在住。阪神淡路大震災を罹災した人々の心のケアに携わったことでも知られる著名な精神科医で、ギリシア語、フランス語で書かれた詩の翻訳家としても知られている。しかし、一般的には、端正で明澄な日本語のエッセイの書き手として知る人の方が多いのではないだろうか。事実、エッセイ集が出版されるたびに待っていましたというように書評に採りあげられる事実から見ても、氏のエッセイを心待ちにしている読者は少なくないにちがいない。

エッセイの中身だが、まずは専門の精神科医として豊富な臨床体験を通じて得られた知見を、われわれ素人にも分かるやさしい言葉で語ったものをいちばんにあげたい。「統合失調症」という、ふだんはあまり関係がないと思われる病を得た患者が、この人の声音で語られるのを聴いていると、まるで日々接している身近な人々を前にしているような気がしてくるから不思議である。

それは、患者に相対したときにこの人の見せる医師としての姿勢から来るように思われてならない。精神科の臨床医として患者の治療にあたっているときも、患者の人間としての尊厳を最大限に尊重しようとして接している。

たとえば、氏は患者さんの話を聞くとき、好きなものとか、ひいきのチームとかの話題をよくとりあげるそうだ。病理話よりもそういうことから患者の人柄が見えてくるという。「病気を中心に据えた治療というのは、患者の側にとってみたら、病気で自分の人柄が代表されているということであり」、自己評価が下がる。「人柄に即してわれわれは治療していくわけであって、症状を剥ぎ取るのがわれわれの治療ではない」。「人はその最高かそれに近いところで評価されるべきで、最低で評価されたら身もフタもない」。「「タイガースファン」だけでもそのほうがまだずっとよいのです」という。自分が病んだら、こういう人に診てもらいたいと心底思う。

上に引用した部分の前には、有名な精神科医サリヴァンのケースワークの言葉が引かれている。こういうことを自分はいつも考えているが、それはなにも自分の発見ではない。すでに、他の人々がやっている、ということを、どんな時にも煩瑣にならない程度に触れるのが、この人の文章の特徴である。だから、多くの医師その他の名前が文章中に登場する。その中には、文学者も数多く出てくる。この本の中にも、ジョイスやプルースト、リルケやカロッサがごく自然に呼び出されている。本好きの読者を愉しませてくれるところかもしれない。

もちろん、専門外のことについて書かれたものも多い。時事的な問題にもふれる。エッセイストとしての氏は、医師として患者の前に立つ穏やかな人格とはうって変わって、けっこう熱い。ジャーナリズムを批判した次のような文章を読んで溜飲を下げた読者は多いだろう。

「ジャーナリズムも庶民の医療に尽くす「赤ひげ」をあるべき医師の姿と讃えるのを止めてもらいたい。あれを読み聞かされるたびに、戦時中、孤島硫黄島兵士の孤立無援の奮闘を激励するラジオ放送を思い出して不愉快になる。あれは政治の欠如を個人の犠牲で補えということである。」

「赤ひげ」を別の誰かに、医師を他の職業に入れ替えれば、公益に尽くす多くの職業に通じるだろう。大震災の際、被災地で緊急医療に従事した医師の中にその後、重篤な病を得て亡くなった方が何人もいることをこの本を読んではじめて知った。それを医者の不養生のように評されて悔しい想いをした人がいることも。

少年時の切手収集や学生時代の登山のことなど、楽しい逸話にも事欠かない。読後、頭や心の中にあったもやもやしたものがどこかに消えたようなすっきりした感じが残る。
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by abraxasm | 2009-02-11 12:57 | 書評

親に見せられない体

家人がインフルエンザにかかっている間、時々夕飯を食べに来ていた子どもに「来るな」とメールを打っておいた。無事回復すると、今度はしばらく顔を見ないのが気になりだした。昨夜は久しぶりの鍋だったので、メールを打つと、どうやら来る気がないらしい。

家にはいるのになぜ顔を見せないのか。業を煮やした家人はメールにこう打ち込んだ。
「親に見せられない体にでもなったのか?」
画面をのぞき込んで、あまりの突っ込みように、のけぞりそうになった。

そういえば、昨日行った日帰り温泉で、見事な彫り物をした初老の男性に出会った。こういう施設には、よく入り口に「刺青のある人はお断り」という断り書きがあるものだ。この温泉にはそれがなかったのだな、とあらためて気がついた。

背中には唐獅子、それだけでなく全身くまなく彫りこんだみごとな彫り物であった。どういう仕事をしている人だろうか。昔なら、鳶の親方といった感じの渋い男ぶりだったが。たしかに、コペン乗りが何人集まっていても風呂の中で威圧感は与えられないだろうが、背中に彫り物を背負った人が数人集まって、背中を洗っていると、ちょっと入るのに気後れしそうではある。

しかし、囚人の腕に入れる刺青(いれずみ)と彫り物は意味合いがちがう。彫り物のことを俗に「ガマン」と呼ぶように、痛さに負けぬ男意気を競ったものでもある。儒教道徳では親からいただいた体を大切にしないという意味で非難の目を向けられたりもするだろうが、一つの文化ではあろう。

日帰り温泉や公営プールで、あの断り書きを目にするたびに、彫り物があるために子どもを温泉やプールに連れてやれない人もいるのだな、と思うことがある。市民感情にそぐわないということだろうが、銭湯には、その手の断り書きはない。子どもをつれて銭湯に行っていた頃、よく彫り物のある人と一緒に入っていた。

お殿様でも○○○でも、お湯の中ではみな同じ、というのが温泉のいいところではないのだろうか。
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by abraxasm | 2009-02-09 18:53 | 日記

コケコッコー

今日は、相方のCopen仲間のお誘いで、家から小一時間ほどのところにあるコケコッコー共和国なる独立国を訪れた。パスポートはいらない。入場料も無料。名前からも分かるように養鶏場が営むちょっとした娯楽施設である。

放し飼いの鶏と遊んだり、フィールド・アスレチックをしたりと、子ども連れなら気晴らしくらいにはなるところだ。何がおもしろくていい大人がわざわざ大阪から車を転がせてくるのかというと、ここは食堂も併設していて、生みたて卵や鶏肉を使った料理を食べさせてくれるらしい。特に人気なのが、卵かけごはんに味噌汁がついて380円のセットを注文すると、なんと卵が食べ放題なのだそうだ。

卵かけごはんをたらふく食べた後は、近くにある飯高温泉であったまるというのが本日のプラン。二、三日前から花粉症の症状が出て、鼻水とせきでグロッキー状態だが、インフルエンザが治った相方は行く気満々。美容院に行き、洗車もすまし、クリスマスにプレゼントしたダヤンのシールも車に貼って、すでに戦闘モード。

ティッシュ二袋を手に、助手席に乗り込んだ。車の中は暖かく、コケコッコー共和国にはすぐ着いた。大阪組はまだらしい。先に店内を偵察。古い校舎か駅舎のような瓦屋根の建物の中にはそこで作っている持ち帰りの商品が並び、その横に厨房があった。食堂はそのあまりの場所を使ってL字型にテーブルが七、八席もあろうかという狭いスペース。何人来るのかは知らないが、ここに収まるのだうかと不安になる。

そうこうしているうちに大阪組が到着した。自己紹介もすませぬうちにまずは腹ごしらえ。狭い店内だがばらばらならなんとか座れる。二組の夫婦が一つのテーブルを囲んだ。焼肉用のガスコンロが真ん中にあり、これで注文した肉を焼くらしい。肉といっても鶏である。相方はやわらかい胸とささみをこちらは硬いもも肉をそれぞれ味噌だれと塩で注文した。向いの夫婦は例の卵かけご飯を注文。こちらは飯抜きなので、今日は相方の運転なのをさいわい生中もたのむことにした。

来た生ビールが凄い!冷凍庫に入っていたのか、泡もビールも凍っていた。当然気は抜けている。味もない。その後どれだけたっても酔いもしなかった。最低である。ささみでは味がないだろうと思ってももを頼んだのだが、焼きあがったのを食するとほんとうに硬い!近頃、これほど硬い鶏肉は食べたことがない。そこで気がついた。養鶏場でひねてしまった鶏をしめたものではないのか?

小さい頃、近くで鶏を飼っていた知り合いがあった。台風で鶏小屋に被害があると、よく持って来てくれた。父が羽をむしり、首を落とし、鶏なべにしたものだ。白色レグホンの肉はブロイラーとはちがい硬かった記憶がある。今日の肉はそれを思い出させる。まさか、そんなこともないのだろうが、ブラインド鶏舎育ちではなく、放し飼いの鶏は筋肉質なのだろうと思うことにした。

それにしても、さっき放し飼いの鶏と遊んでいた子が、この鶏焼肉を食べているのだと思うと、ちょっと気になる。大人はいい。いつか食べられるものだと分かっているのだから。子どもは、親に訊いたりしないのだろうか?「これ、何のお肉?」と。そんな時、親は、どう答えているのだろうか。

相席の夫婦は、白身を残して黄身だけで卵かけご飯を食べていた。それなら二つでも三つでも食べられそうだ。もっとも、白身も入れたほうが食べやすそうな気はするが。いくら食べ放題といってもご飯の量が一定なら二つが限界だろう。三つも卵を入れたら、生卵の中にご飯が浮いてる状態ではないか。ご飯が150円である。味噌汁がいくらするのか知らないが、考えればちっとも安くはない。なるほどうまい商売を考えたものである。

ほかにシュークリームやプリンも売っていた。相方のを味見させてもらったが、シューもカスタードクリームも平凡な味だった。ただ、その量は凄かった。話の物ダネにはなるだろうと思った。食後は歓談。初めての人たちだったが、けっこう楽しく話ができた。あたたかい日で、気分もよかったからだろう。その後飯高温泉まで、オープン走行。久し振りである。

露天風呂で、「パパさん」と呼ぶ声がする。まさか自分ではないだろうと思ったが、ほかに反応する人もいないので、近づいていくと、別グループのコペン仲間。偶然一緒の温泉に来たらしい。駐車場で、グリーンのコペンを見つけ、シート位置でニケママだと分かったと言っていた。長身のアオイさんから見れば相方は小柄なほうだ。シート位置、後から確かめるとたしかに助手席よりかなり前になっていた。

結局二グループ合同のオフ会のようになって、駐車場で長話をしているうちにせっかくあたたまった体が神田川ではないが、しんまで冷えてしまった。温泉を出たのが三時半、結局帰途に着いたのが四時半。一時間も立ち話をしていれば寒くなって当たり前だ。いつもながら、この人たちのやることは常人には理解しがたい。けれど、一人車に戻って座っていると相方に「次は独りで行くからね」と、言われるのがつらいので、我慢してつきあった。中で話してくれたらいいのに、車を見ながらでないと話ができないという人たちなのだ。

日が暮れかかり、「良い子の帰る時間」という有線放送がかかってやっとお開きになった。車の温かいことといったらなかった。やれやれ。
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by abraxasm | 2009-02-08 19:03 | 日記
大江健三郎と村上春樹。ある意味で現代の日本文学を代表する名前である。この二人が、「ノルウェイの森」と「懐かしい年への手紙」が出た1987年を分水嶺として、はっきり離反していく。大江を認める者は、村上を批判し、村上を支持する者は、大江を切り捨てるといったふうに。加藤は、「大江か村上か」ではなく、「大江と村上」という論点を提供する。この二人には意外に共通点があるからだ。

大江がある国際シンポジウムで、村上批判をおこなったことがある。それが当時、批評の世界で勢力を振るっていた柄谷行人や蓮実重彦に影響を与え、村上バッシングとも言える状況を作った。それ以降、村上は現代日本の文学的状況に発言を控えるようになっただけではなく日本から距離を置くようになった。加藤の要約によれば、大江の村上批判は次のようなものである。

村上の文学は、社会、個人生活の環境に対して「いっさい能動的な姿勢をとらぬという覚悟からなりたってい」る、その一方で「風俗的な環境」からの影響は「受け身で受けいれ」る、そのうえで「自分の内的な夢想の世界を破綻なくつむぎだす」。その彼は戦後文学とは「全く対照的な受動的な姿勢に立つ作家」で、その姿勢を通じて「富める消費生活の都市環境」で「愉快にスマートに生きてゆく」若い人間の「いくばくかの澄んだ悲哀の感情」を提示し、若い読者からの強い支持を得ている。

村上に対する嫉妬めいた感情をにじませながらも、なるほどこうも言えるかという悪意すら感じられる大江の批評は、しかし、加藤によれば的を外している。村上の「デタッチメント(=関わりの拒否)の生き方」は、時代状況を考え合わせるならそれ自身「能動的な姿勢」であったのだと。加藤はおそらく大江も読んだであろう村上の「パン屋再襲撃」に込められた現代若者の「アパシー」批判・揶揄を引きながら、この作品が京浜安保共闘グループによる銃砲店襲撃事件をモデルにしていることを指摘する、その手さばきが鮮やかだ。

次に大江自身の初期の仕事にある「受動的な姿勢」を指摘しながら、あえて、受動的な姿勢をとることで、ストレートな「能動的な姿勢」の浅さを撃つ手法を評価してみせる。そうしたうえで、なぜ村上の中にある同質の身振りを読み取ることができなかったかと問いかける。

さらに、村上の「ニューヨーク炭坑の悲劇」をそのタイトルのもとになったビージーズの同名曲の歌詞を原詩と訳詞を詳細に引用し、この作品が新左翼党派間の内ゲバによる死者への逆説的なコミットメントであったことを明らかにしていく。ビージーズのこの曲がヴェトナム戦争に駆り出された若者に対する想いを歌ったものであったことをはじめて知った。ニューヨークに炭坑なんかあったのかという漠然とした疑問は抱きつつ、深く知ろうともしなかった自分の愚かさを今さらながら思い知らされる。

デタッチメントからコミットメントへというのは、オウム真理教事件や阪神淡路大震災以降の村上の仕事の変化を表す際に用いられるコピーだが、大江の「レイター・ワーク(老年の仕事)」に見えるコミットメントの姿勢とも併せて、二人の重なりに目を向けることで、87年以降の評価の地勢図に書き換えが起きるのでは、という加藤の挑発に誰かが答えてくれるだろうか。

さらに、もう一本の「関係の原的負荷―二〇〇八、「親殺し」の文学」という評論も力が入っている。村上の「海辺のカフカ」と沢木耕太郎の「血の味」に共通する父殺しの意味を「関係の原的負荷」の露頭という視点から解析するもので、現実の社会に起きている問題と文学の間にある相関性が岸田秀のフロイト心理学を援用しつつ語られる。

『敗戦後論』で、論争を巻き起こした加藤だが、果たしてこの作品に対する反応はあるのだろうか。文壇の反応が期待される、スリリングな展開に満ちた意欲的な文学評論集である。
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by abraxasm | 2009-02-01 18:31 | 書評

覚え書き


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