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車検

ついこの間、家に来たばかりだと思っていたアルファロメオ147TIに、もう車検がめぐってきた。
めずらしく、一度もぶつけず、こすらず無事に車検を迎えられた。車両保険をかけるとこんなものだ。
イタリア車だから、故障も多いだろうとディーラーの勧める特別の保障も加えておいたが、故障も少なかった。
考えてみれば、高いお守りを買ったようなものだ。

ヘッドライトのカウル内に水滴がつくこと、その他数点をメモして修理担当者に渡したら、することがない。
代車のカローラワゴンに乗り換え、Jazz dream長島というアウトレットモールを訪れた。
四日市まで来てとんぼ返りというのも藝がないので、ここのところディ-ラーを訪ねると来ている。
お昼を食べるのに手頃なイタリア料理店もあって重宝している。
ところが、小麦粉等の材料費高騰のせいか、単なる便乗値上げかランチが値上げされていた。
ボトルで運ばれていたグラスワインも、グラスに入って運ばれてくるなど万事簡略化されていた。
そろそろ別のところを探さなければいけないのかも知れない。

どの店も秋冬物に商品が入れ替わっていた。
まずはリーヴァイスで、花柄のウェスタンシャツと、淡いグレイのコットンジャケットを見つけた。
前にもよく似たのをここで買ったのだが、短めのジャケットは車の運転時にお誂え向きなのだ。
次にリーガルで、黒の編み上げ靴を妻が見つけた。今履いているのが傷んできているので、その代わりだ。
手入れ不足の見て取れる愛用のブーツを見た店員に靴クリームを買わされていた。

e0110713_166384.jpgその後ティンバーランドで、またも革ジャケットを見つけてしまった。
濃い茶色のラム革で、襟が立ち襟と来ている。
このタイプのジャケットには目がない。
サイズが、むこうのSサイズのせいで、大柄な人にはきついのだろう。
ずいぶん安値に下がっていた。
手にとって見ていたら、試着を勧められた。
「袖を通したら欲しくなるから。」
と、やんわりとことわった。
「それならなおさら着てみて下さい。」
と勧める。この上まだ、レジで二割引するという。
着てみると、ぴったりではないか。というわけでこれも購入。
こちらが試着しているうちに、妻も黄色い皮のサンダルを見つけた。
二人で両手に荷物を提げながら次の店へ。

妻の同窓会用の洋服を探して、いつもはあまり行かない有名ブランドが並ぶ下の階へ。
上の階はスポーツ用品やアウト・ドア、カジュアルなものが多いが、下は所謂ブランド店が並ぶ。
コペンに乗りだしてからというもの、妻はもっぱら二階専門である。
一階には靴やバッグを探す時しか入らないので、どこがいいのかよく分からない。
それでも、一軒の店で、いかにもお似合いのワンピースを見つけたので、幸運だった。
どうしてもの時はサンローランなら見つかるかもと思っていたらしい。

サンローランならたしかに似合いそうな服が見つかったかも知れない。
こんな時でもなかったら、サンローランなどには入ろうともしないのだから
コシノヒロコで見つけることができたのは、妻にとっては良かったのかどうか。
ロー・ウェストの切り替えが印象的なワンピースはいやでも腰に目がいくようになっている。
妻もいよいよ本気でダイエットに取り組まなければならないようだ。
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by abraxasm | 2008-10-26 15:44 | 日記

蕎麦湯

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今日は大阪の池田にあるダイハツ工場で開かれている「アイデアコンテスト祭り」に参加した。
つれあいの乗っているコペンはここで作られているのだ。聖地もうでみたいなものです。
新名神、名神、京滋パイパス、中国自動車道と辿っていくのだが、購入時から更新していないナビには、新名神が入っていない。
そこで助手席でナビゲーターをつとめる。いつものように寝ていられないので、ちょっと疲れそう。
高速は問題なかったけど、池田におりてからの道がよく分からない。
親切に教えてもらった道案内を頼りに走ろうとするのだけれど、初めての場所はよく分からないものだ。
行きつ戻りつしながらもどうにか、会場にたどりついた。

「アイコン祭り」は催し物自体は竜王工場のつつじ祭りとよく似たイベントだった。
車を使ったいろいろなアイデアのコンテストが開かれているところがうりらしい。
地元の人は生協のトイレットペーパーの安売りが目当てらしく両手いっぱい下げている姿が目に付いた。
ひと通り会場を見て歩き、焼きそば、たこ焼き等大阪らしい食べ物を食すと後はすることがない。
MCCの仲間もそれぞれで行動しているのでいつものようにまったりしようにも間がもたない。
大阪のコペン仲間に紹介してもらった蕎麦でも食べに行こうという話になって、五人で出かけた。

池田と川一つ隔てた川西市にその店はあった。
ちょうど昼時で、満席のためしばらく席の空くのを待った。
ようやく席が空いて、さて何をたのむかということになる。つれあいはいつものおろし蕎麦。
小生迷ったが、ここは地元の二人にならって天ざる。八べえさんはざるを注文した。
「天ざるの方」と、お内儀がいうので、手を挙げた。
目の前に出た天麩羅の量に驚いた。

海老が二本。それに、さつまいもと南瓜、茄子に椎茸、三つ葉。最後の何やら細長いものは、何と牛蒡であった。
蕎麦の量も半端ではない。まず塩で食べろと言われたので、ぱらぱらっと塩をかけてすする。
さあ、これで義理は果たしたと思い、おもむろに出汁の中におろしと山葵を入れると、傍に立っていた店の主人が、
「あああ、やってもた。」と、ため息をつくではないか。
はあ、何がいけなかったのか、と考えているそばから、別の蕎麦猪口が出てきて新しい出汁を主人手ずから注ぎ込む。

「山葵とおろし大根は別々に蕎麦の上に載せる。こうしたら、いくつもの味が味わえるやろ?」
とのたまう。
まあ、そらそうかもしれんが、そばに立っていちいちさいくやかれると落ち着いてたべられんやないか。
と、これは胸の裡で呟いて黙ってすすり込む。
そばは多いし、天麩羅は大きい。なかなか一口では食べきれない。

そのうち腹がいっぱいになってくる。隣の席のつれあいも大量のおろし蕎麦と格闘中である。
「はよたべんと、のびるがな。」と、主人の催促。
つれあいの手が止まったら、「残したら蕎麦がかわいそうやがな。」と、二の矢が飛んでくる。
これはえらいとこに来てしもた、と思っているところへ、前の席でざるを食べ終わった八べえさん。

「ごちそうさま。」とほっとしたところに
「それだけではものたりんやろう?」と、また主人の声がしたかと思うと、手に持った大ぶりの銚子から蕎麦湯が猪口の中に注がれた。
「これは何ですか?」と訊く客に
「蕎麦の実やがな。」
お粥状のどろっとした蕎麦湯の中に蕎麦の実が浮いている。

これだけ食べた上にあれが出るのか?と、背筋が寒くなった。
食べ終わった客に主人自ら次々と蕎麦湯を注いで回る。いうならば「わんこそば湯」だ。
お茶を飲んでうまくごまかしたと思っていたら、小生の猪口にも蕎麦湯が。
何とか飲んだら、今度は塩でもう一杯。さすがにもうどうにもこうにも箸に手が伸びない。

三重から来たと分かったら、厨房の中で何やらやりだした。
帰りに腹が空いたらお上がりと差し出されたのは焼き芋。
お手洗いに立っていた間に焼いてくれたらしい。
かなりくせの強いご主人だったが、気の優しい人なのだなあ、とあらためて分かった。

それにしても、みんな、食べきれないほど食べて口まで蕎麦湯がつまっている。
やっとの思いで店を出て、「蕎麦湯の拷問やったなあ」と、笑っていたら、
主人が戸口まで見送りに出てくれていた。どこまでも気のいい人である。
たこ焼きをひかえておいたら、最後の蕎麦湯まで美味しくいただけただけに悪いことをした。
蕎麦湯一つに、新しく山葵をおろしてくれたり、塩を入れてくれたり、蕎麦にかける熱意は半端ではないのだ。
大将心づくしの焼き芋をビニール袋にしまってトランクに入れ、
今度来るときは腹をへらして来ようと、心に決め、帰途に着いたのであった。
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by abraxasm | 2008-10-19 18:11 | 日記

青山高原

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天気に誘われて、行くあてもなく車に乗った。
国道23号線を北に進むと、遠くに山が見えてきた。
青山高原で薄を見ようか?と考えた。
しばらく走るうちに、コペン仲間がいつか話していた伊賀上野の雑貨屋さんをのぞくというのも思いついた。
それなら昼食は金谷で伊賀肉をいただくというプランもある。

天気がよければお弁当を持って青山高原の上で食べるというのもありだが、少し雲が出はじめていた。
案の定、レストハウスまで来ると、薄雲が空をおおっていた。
草原に敷物を広げている人もいたが、レストハウスの中で食べている人もいた。
この日の気温は15度。風が吹くと肌寒いほど。
風車の並ぶあたりに車をとめ、少し歩く。何枚か写真を撮った。
薄と風車の組み合わせは面白いのだが、光量が足らず、穂が白く光らないのが物足りない。

高原を下って桔梗が丘に出る。以前に行った時、伊賀上野の金谷はすき焼き中心でランチはやってなかった。
桔梗が丘店はレストラン風なので、手軽に利用できる。
ランチは伊賀肉の薄切りもも肉と有頭海老。それにクラムチャウダーのスープが付いていた。
味付けは、今となっては懐かしい味わい。別注文のオードブルの盛り合わせが美味しかった。

家内がグラスワインを飲んだので、ここで運転を代わる。
やはり、オープン時のコペンは最高!少し戻って伊賀上野を目指す。
オープンで走るには、こんな田舎道がいちばん楽しい。
ナビで探すと伊賀上野駅前はJRと近鉄の二つがあった。
たしか駅前と聞いたのだが、ままよ、JRの方にしてみよう。

JRの伊賀上野駅は道のどん詰まりのところにあった。
ロータリーを一回りしたら、家内が「あった!」と叫んだ。
バイクの絵を描いた看板に「ポルト○○」と店の名前が書いてある。
店の前に車を横付けする。

輸入雑貨の店だった。アメリカの物らしい妖しげな雑貨が店中に並んでいる。
好きな人なら何時間でも遊んでいられるだろう。
本の置いてないヴィレッジヴァンガードと思ってもらえればいいかも知れない。
店番が話し好きで感じのいいおばあちゃんというのもいい。
家内がハロウィン用のキャンドルを買った。
眼球を地球瓶に詰めた物に食指が動いたが、やめておいた。
すでに部屋には骸骨がある。これに目玉のコレクションが加わればお化け屋敷だ。

伊賀上野からの帰り道にはさるびの温泉がある。ついでなので寄ることにした。
道沿いには薄が原が広がり、すっかり秋の気配である。
温泉は混んでいた。三連休の中日で人出も多いのだろう。
寒い日だったので、温泉は賑わっていたが、かけ流しの源泉は温度が低いせいか空いていた。
これ幸いと長湯をしていたら、隣の人に話しかけられた。
話し好きなのか、よくしゃべる。相手をしていたら寒くなってきた。
大きな浴槽に移ったらその人もついてきた。やっぱり寒かったらしい。

この日はいっぱいだったが、ここも平日は最近できたスーパー銭湯に客をとられてがらがららしい。
いくら広くて新しくても、温泉でなければ無意味だと思うが、どうだろう。
このすべすべした手触りはここでしか味わえないのに。
あまりがらがらだと経営が成り立たないので心配だが、適度に空くのは大歓迎である。
これからは紅葉目当てのドライブがふえるだろう。
また来ようと思いながら夕焼けの大山田を後にしたのだった。
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by abraxasm | 2008-10-13 16:49 | 日記

トリッパ

午前中に図書館で借りたジュンパ・ラヒリを読み終えると、すぐにレビューを書いた。
今日が返却日なのだ。血液型のせいか、期日や時間を違えるのは落ち着かない。
ところが、急いで駆けつけた図書館は図書の整理とかで休館中。
返却用ポストに放り込んで、遅めの昼食に向かう。

本日の昼食は、さっき読んだ本に影響されてイタリアン。
田圃や畑の真ん中に立つ、ちょっと雰囲気のあるレストランだ。
季節限定のメニューにトリッパのペンネアラヴィアータを発見。
実は別のイタリアン・レストランでこれを味わってからは、その店ではいつもこれだった。
俗に言う「はまった」というやつか。

ところが、これも季節メニューとかで、この前行った時にはメニューから外されていた。
残念に思っていたところに今日の出会いである。
家内は、アンチョビのピッツァ。こちらはすぐ来た。
店はすいているのに、シェフが一人のせいか、なかなかパスタが出ない。
やっと来た時には、ピザはすっかり消化されていた。

トリッパとは牛の二つ目の反芻胃で俗にいうハチノスのこと。
日本風にいえばモツである。その独特の食感から、ファンが多い。
ただ、見た目は蜂の巣状なので、、最初の店では「食べられますか?」と聞かれた。
トマトの煮込みにすることが多いが、アラヴィアータも絶妙である。

この店のアラヴィアータは、辛さが抑えてあって少し物足りなく思えたが、味は悪くない。
欲を言えば、トリッパにももう少しこりこりした触感を残してほしいところだ。
ピザを分けてもらったので、家内にもおすそ分けをすると、一人分はかなり控えめの分量。
最近太り気味なので、これぐらいが適量とは思うものの、もう少し食べたかった。

広い窓からは、庭の木々ごしに田園風景が広がる絶好のロケーション。
以前、ここでカントリーのライブを聴いたことがある。
今度は鳥羽で野外のステージがあると、ポスターが貼ってあった。
見れば、店の梁の近くにオートハープが飾ってある。シェフもカントリーミュージック愛好家らしい。
思い出したらのぞいてみようとチラシをもらって帰ったのだった。
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by abraxasm | 2008-10-11 19:07 | 日記

ポール・ニューマン

ポール・ニューマンが死んだ。
癌だそうだが、同じ頃活躍していたスティーヴ・マックィーンと比べたら、ずいぶん長生きした方だ。
マックィーンの死は、核実験場に近いネヴァダ砂漠でのロケが原因だという説があった。
事実、西部劇関係者の癌による死者の数は、他の死因よりも多いようだ。

ポール・ニューマンにもビリー・ザ・キッドを演じた『左ききの拳銃』や、あのアメリカン・ニューシネマの傑作『明日に向かって撃て』がある。
ただ、後者はアメリカにいられなくなった列車強盗団がボリビアで再起を図るというひねった話だったから、放射能に汚染されたモニュメンタル・バレーのロケがなかったのが幸いしたのかも知れない。

ポール・ニューマンといえば、まずは『ハスラー』を挙げたい。
ビリヤードに賭ける若者を描いた青春映画の傑作である。
同じアクターズ・スタジオの先輩であるマーロン・ブランドを真似たような仕種が印象的な演技だが、資質のちがいは早くから出ていて、ブランドにはないある種の甘さが感じられた。
それは、ジェームズ・ディーンの拗ねたような甘えの表現ともちがうものだ。
『タワーリング・インフェルノ』で競演したマックィーンとは、本格的な自動車レースを好むところや、ハリウッド・スターとしてのキャリアなどからよく比較されたが、若い頃は、ポール・ニューマンの方が贔屓だった。
歳をとって、旧作を見直し、マックィーンの身に纏う「孤独」に惹かれるものを感じたが、当時はそれが分からなかった。
対するポール・ニューマンには、キャサリン・ロスやドミニク・サンダ、シャーロット・ランプリングなどの美しい女優陣がよく似合った。誰かが「あれだけハンサムでなかったらもっと凄い役者になっていただろう」と書いていたが、恵まれた美貌のせいばかりではなく、性格的なものもあっただろう。あまり、野心を感じさせるタイプではなかったように思う。

そういう意味では、いい監督に巡り会った時、記憶に残る作品ができる俳優かも知れない。
『評決』は、後期の作品の中では彼らしさがよく出た佳編である。
落ちぶれたアルコール中毒の弁護士という役は、知性はあるが、どこか弱さを感じさせる彼にははまり役で、ひょんな事から弁護を買って出た裁判にのめり込み、友と恋人に助けられて復活を果たすという話だ。ジェイムス・メイスンという実力派の敵役を得て、単なるヒーロー像とはひと味ちがった男の哀感をにじませたいい仕上がりになっている。
もともと強いヒーローではなく、打たれ弱いが、芯には熱いものを湛えているといった複雑な男をやらせると、この人はいい味を出す。ストレートなヒーローを演じると、人の良さのようなものが出てしまって陰影が出ない気がする。
『明日に向かって撃て』では、逆にそれが幸いしてロバート・レッドフォードという新しい役者を引き立てることに成功し、自身もその効果で輝いたと言える。

歳をとってからも、ケヴィン・コスナーの父親役などで、いい味を出していたのが記憶に残っている。
華やかなことで有名なハリウッド・スターの中では、スキャンダルもあまり聞いたことがない。
碧い眼と笑顔が印象に残る爽やかなスターだった。冥福を祈りたい。
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by abraxasm | 2008-10-04 12:48 | 映画評

覚え書き


by abraxasm