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京都(続き)

e0110713_1621425.jpg車に戻り、美術館の電話番号を入力すると、早速ナビは案内をはじめた。
ふだんはどこを走っても同じような標示なのに、烏丸通りを走り出すと、
目の前の建物と同じCG画面が現れたのには驚いた。さすがは京都である。
烏丸今出川で左折し堀川通りを上がっていく。
学生時代、何度も通った道を愛車で走るのは、ちょっと感激。

高麗美術館は、小さいながらも朝鮮美術の銘品を集めた美術館である。
妻は李朝白磁に目がない。館内は高麗青磁のコレクションを展示中だった。
今回も所蔵の銘品の中に李朝を見つけ、すっかり満足した様子だった。
中でも心に残ったのが、秋草手と呼ばれる独特の意匠が印象的な梅瓶だ。
当時はコバルトが貴重だったため、筆でさっと描いた草花がいかにも儚げだ。
いちばん行きたかったところに行けたので、妻はもうこれでいいという。

「あなたはどこに行きたい?」
と聞くので、学生時代に下宿していた下鴨あたりを訪ねることにした。
あれから京都には何度も来ているが、名所旧蹟には行くことがあっても、
わざわざ下宿のあったあたりをバスで訪ねることはしなかったからだ。

下宿のあったのは鴨川にかかる出雲路橋の東詰め。静かな住宅街である。
記憶にある小路を曲がってみると、下宿のあった辺りは新しい家に変わっていた。
三十年は経っているのだから無理もないが、少しさびしい気がした。
橋の畔で車を止め、記念撮影をした。鴨川の風景はほとんど変わっていないのが不思議な気がした。
川岸に座ってはギターを弾いたものだった。橋を渡り、川に沿って欅の並木道を北上する。
この辺は、日曜日の散歩コースだった。北山通りに曲がる角に古本屋があって、よくひやかしたものだ。
趣味は散歩がてらに古本屋をのぞくことくらいという、いたって渋い学生生活だった。

驚いたことに、古本屋は昔の佇まいそのままに残っていた。道路脇に停車して店に入った。
澁澤龍彦や稲垣足穂の本が、今も棚に並んでいる。当時、一冊、二冊と買い集めたものだ。
店の奥には、相変わらず難しい顔をして親爺が座っていたが、本人なのか二代目なのか。
あまりの変化のなさに、時が止まったような気がした。

車に戻り、烏丸通りを下って、今出川に出た。相国寺に入る道で車を止めた。
今は、ほとんどが田辺にある新校舎に移転したが、重要文化財である赤煉瓦の校舎は当時のままに残っている。
雑誌に載った写真に憧れて大学を決めたくらいだからかなりのミーハーだった。
その憧れの校舎が、ゼミの教室だったのだ。(写真の建物)

同志社の今出川キャンパスは狭い。少し歩けば御所にぶつかってしまう。
当時は学生運動はなやかなりし時で、キャンパスは立てカンとヘルメットに占領されていた。
三四回生の頃はロックアウトされて、卒業式も開けず、ゼミの教室で証書だけ渡してもらったのだった。
十年ほど前に、大学の好意により、本来の会場である栄光館で卒業式をしてもらった。
ここを歩くのはその時以来だ。今は、学生の影もまばらでひっそりとしていた。

青春時代にも十分浸ったので、あとは四条河原町に出て、お茶でも飲んでから帰ろうということになった。
四条大橋を渡って木屋町に出、昔行ったことのある「築地」に入った。四条河原町に来るといつもここだ。
所謂名曲喫茶なのだが、真面目な音楽ファンは木屋町にある「ミューズ」の方に入り浸っていた。
アンティークな雰囲気のある築地には、本を読んだり、話をしたりが目的の学生が多かった。
築地ではミルクティーと決まっているのだが、店内にはシュトラウスのワルツが流れていた。
ウィンナ・コーヒーには角砂糖が二つついてきた。角砂糖が珍しいと言って、妻ははしゃいで写真を撮った。

せっかく河原町に来たのだから少し歩くことにした。河原町には、京都書院という本屋があったのだが、今はもうない。
丸善も姿を消し、その後を受けてだろうか、ビルの5階から8階までジュンク堂が店を開いている。
どこに行ってもジュンク堂ばかりなのが気になるが、品揃えはそれなりにしっかりしている。
ほしい本ばかりで目移りがしたが、ペソアの『不安の書』と、エドマンド・ウィルソンの『アクセルの城』を買った。

志津屋でパンを買い、三条大橋を渡った。今年の流行りか浴衣がけの若者が多いのも風情がある。
鴨川に張り出した納涼の川床に灯が入り、提灯の列が川面に映える。これが夏の京都だ。
もっといたいところだが、ニケが待っている。ネオンサインの点りだした歓楽街をしり目に、街を後にしたのだった。
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by abraxasm | 2008-08-28 18:21 | 日記

京都

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新名神が開通して京都が近くなった。
いくら近くなっても休日は混雑するだろう。週日に休みがとれたら一度行こうと思っていた。
今年の夏、前半は猛暑で、フライパンの底のような盆地の町に出かけるのは剣呑だった。
ようやく涼しくなってきたかと思うと今度は天気が悪くなるから皮肉なものだ。

京都まで130キロ程度。高速道路なら一時間ちょっとで行けるからすごい。
ETCの割引を使うため100キロになる直前の土山で一度ゲートを出て、もう一度高速に乗り直す。
ちょっと面倒だが、時間帯によって半額というのだから利用しない手はない。
肝心の新名神だが、片道3車線あれば、追い越しにやっきになることもなく、マイペースで走れる。
147も快調で出口の京都東I.Cまではあっという間だ。10時半には京都に着いていた。

行き先も何も考えていなかった。まずは、イノダで珈琲を飲もうとナビに入れた。
京阪三条から川端を通り御池通へ。京都市役所前には噴水ができていた。
イノダの本店は高田渡の歌にもあるように「三条堺町」。車で来るのは初めてなので駐車場が分からない。
民間の駐車場に停め、店まで歩いた。禁煙席は中庭のテラスに面したソファの席。
ここは見覚えがあるが、入り口付近にも席が設けられ、なんだか以前より広くなった気がする。
それでも、次から次へと客が来て行列ができていた。確かに老舗だが、たかが喫茶店ではないか。
行列せずとも別の店に行けばよかろうと思ってしまう。

妻が高麗美術館に行きたいというので、電話帳で調べる。番号入力でナビに案内させようというのだ。
京都は細い小路で区切られ、一方通行が多いので、車で行くには注意が必要なのだ。
せっかく一般の駐車場に停めたので、近くの古書店を訪ねることにした。
残念ながら昼からしか開店しないというので、あきらめて妻の猫グッズ収集につきあうことにした。
新京極に行くと、あったはずの店がなくなっていた。仕方がないので駐車場に戻ろうとしたら雨が降ってきた。
雨を避けるのに、アーケードのある錦市場を歩いた。ここはいつ来ても美味しそうな物が並んでいる。
有次という調理器具の専門店をのぞいていると、隣から「ここにあった!」という妻の声がした。
新京極から移転した店を偶然見つけたのだ。大喜びの妻が何点も買い漁ったのはいうまでもない。

駐車場の近くに明治期の洋風建築で知られる京都文化博物館という建物がある。
一階は無料で見学できるとあるので、トイレを借りるついでにのぞいてみた。
たしかに立派な建築だが、小さなギャラリーがあるばかりで、これだけ?と思っていたら、新館に通じるドアを見つけた。
ミュージアムショップに続いて、博物館の入り口。その向こうに洒落た料理店が並んでいた。
昼食に行きたかったレストランが閉店していたので、京都らしく和食にすることにした。

木屋町にある鳥弥三という割烹料理店が博物館内に支店を出しているのだった。
鳥の照り焼きをメインに、京都らしい一口大の小鉢がたくさん並んだ御膳は目も舌も愉しませてくれる。
妻は美味そうに麦酒を飲んでいるが、こちらはぐっと我慢。ニケ番がいないので日帰りの旅しかさせてやれない。
せめて旅行気分ぐらいは堪能させてやりたいではないか。(続く)
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by abraxasm | 2008-08-28 10:39 | 日記

蕎麦屋の酒

蕎麦屋の酒というのにあこがれている。
散歩の道筋が決まっているなら贔屓の蕎麦屋で、もしはじめての道なら、途中見つけた蕎麦屋で、
板わさやぬきを肴に酒を飲むだけのことである。
わざわざそこを目当てに行くというのではなく、何かのついでのようにふらっと入りたい。

車に乗るようになって、学生時分のように町歩きをしなくなった。
車で出かけては、酒は飲めない。
今年の夏は暑く、散歩をする気にもならなかった。
立秋を過ぎ、さすがに爽やかな風も吹きはじめた。そろそろいいかもしれない。

作務衣のポケットに財布を入れ、雪駄履きといいたいところだが、少し歩くのでサンダルを履いた。
家の前は旧街道である。昔の参宮客の歩いた道を通って、神宮前まで行く。
内宮前に蕎麦屋ができたのは、ごく最近のことだ。一度のぞいたが、その時は蕎麦だけ食べた。
今日は、そこでビールを飲もうというのだ。蕎麦には酒が合いそうだが、散歩は喉が渇く。
川本三郎に影響されているのかもしれないが、夏はビールといきたい。

歩き出すとさすがに陽射しはまだ強い。ただ、高気圧の影響か風が通るので、蒸し暑くない。
日盛りの道は誰も通る者とてない。尾根の最高地点近くで、高速道路の側道に突き当たる。
渡るのに信号を二度待たねばならない。日傘を差した老婆がベンチで休んでいた。
遠くの見晴らしはいい。朝熊山も神路山もくっきりと見えている。
湿度が少ないせいか空は秋のように高く、すじ雲や羊雲が高く低く空いっぱいに浮かんでいる。

このあたりは、中学生当時の通学路だったが、卒業してからは滅多に通らない。
見覚えのある同級生の家も主がいないのか、蔦でびっしり覆われていた。
よく遊んだ常夜灯はいまだに健在で、そこだけは昔とちっとも変わっていない。
その前の急坂を下ると、神宮前に続くおはらい町に出る。

夏休みも終わり近くになると、観光客もめっきり減る。偽装問題で騒がれた名物の餅を売る茶店だけは
相変わらず賑わっている。そこを過ぎ、世古道を抜けるとバス通りに出た。店は、開いていた。
ビールと天麩羅の盛り合わせを注文する。まずは、ビールが来た。よく冷えていて美味い。
天麩羅は、鱚の開いたのが二尾と南瓜、茄子と獅子唐が一枚ずつ。小皿に粗塩と抹茶塩がのっている。
近頃では、よく天麩羅に塩がつく。できたら天つゆにおろしがいいのだが。

店は古い民家を改築した物。そんなに立派すぎないところが気に入っている。
ただ、蕎麦屋の酒を愉しむには、献立がさびしい。
蕎麦に自信があると見えて、蕎麦以外の献立が限られている。
趣味が高じて蕎麦屋を開くのか、蕎麦屋がやたらふえている。それらに共通して言えるのは、
蕎麦の産地に対するこだわりと石臼で挽いた手打ちであるのを誇ること。
それはいいのだが、酒を並べるのなら、それに見合ったものを数種は揃えておきたい。

ほろ酔いにはほど遠いが、酔い醒ましに川風に吹かれようと、五十鈴川畔に下りた。
この夏の天気続きのせいか、川はすっかり干上がっていた。
わずかばかりたまった淵に水鳥が肩を寄せ合うように集まっているのが哀れだった。
木陰で涼もうと思っていたのだが、水のない川を見ているのも味気ないものだ。
いつもなら車が並ぶ河川敷もがらがらで、夏の終わりを感じさせる。

帰り道、本屋に立ち寄って山村修の『もっと狐の書評』を買う。
家に帰ったら、図書館からリクエストした本が届いたと留守電が入っていた。
酒はほとんど抜けていたが、残念ながら取りに行くのは明日にしなければなるまい。
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by abraxasm | 2008-08-21 14:56 | 日記

覚え書き


by abraxasm