人気ブログランキング | 話題のタグを見る

荒野の決闘

荒野の決闘_e0110713_1742354.jpg画面のずっと遠く、一点透視図法の消失点にあるのがモニュメンタル・バレーの奇岩だ。空はあくまでも広く、シルバーライニングを施されたちぎれ雲が浮かんでいる。寂寥感が胸に浸みる。
何度も見てきたはずだが、デジタル映像技術の進化か、こんなに美しい風景だったとは気づかなかった。画面のコントラストは、ハイキー気味で、その乾いた印象が荒野にぽつんと取り残されたようなトゥームストーン(墓石)という名の町に似つかわしい。
西部劇の古典的名作という触れ込みと邦題の影響で、決闘を主題とした典型的西部劇と思い込んでいたが、あらためて見てみると印象がちがう。
画面の上では復讐劇にありがちな怒りや怨みなどというギラギラした激情とはうらはらな平和な日常風景が描かれている。弟を殺された兄たちがよく飲み食いするシーンはどうだ。長兄のワイアットときた日にはポーカーに夢中である。
ドク・ホリディという気心の知れた友人もでき、日は何事もなく過ぎていく。
そんなところへドクの許嫁クレメンタイン嬢が現れる。ストーリーが動き出すのはここからだ。何と、ワイアットが恋に墜ちる。床屋で髪と髭を整え、おまけにハニー・サックル・ローズ(忍冬)の甘い香りの香水まで。
長身のヘンリー・フォンダの長い脚を効果的に使った、柱に足をかけて椅子を揺らせるシーンや教会建築を祝うダンス会場でのユーモラスなダンスシーンは忘れがたい印象を残す。
牛追い稼業のアープが東部のインテリ医師ホリディの教養に舌を巻くシーン。なんとドクは科白を忘れた旅役者に替わり『ハムレット』の長科白を暗唱してみせるのだ。朗誦の途中で喀血することで、東部の名外科医がなぜ西部でガンマンをやっているのかが分かる仕掛けになっている。理由も知らせずにクレメンタインを追い返すドクは「尼寺へ行け」とオフィーリアを去らせるハムレットに姿をダブらせている。
ワイアットがクレメンタインにキスをしたかしないかが話題になるラスト・シーンだが、ちゃんとしている。試写では握手だけの版だったのが、論争の原因だったようだ。
原題である『愛しのクレメンタイン』の曲が遠ざかるワイアットの馬上の姿にかぶさって見送るクレメンタインとの再会を祝福するように鳴り響いてエンドマーク。
ドクを追いかけるワイアットの馬による追跡シーンの疾走感は、今のカーチェイスなど色を失うような迫力に満ちている。決闘シーンのスピーディーな展開も緊張感が漲っている。悲運なドクと喜劇的なまでに幸福感に酔うワイアットとの対比と、最後までだれることなく物語を進めていく演出のテンポが心地よい。詩情に満ちたキャメラワーク、ウィットに富んだ脚本と、名作と謳われるに相応しい映画である。
by abraxasm | 2007-01-13 17:24 | 映画評

覚え書き


by abraxasm