『虚実妖怪百物語 破』 京極夏彦

e0110713_1744383.jpgこれを読んでいるということは、「序」はもう読み終わっているということだろうか。そうだとしたら、前回までのあらすじは、省いてしまえるのだが。『虚実妖怪百物語 破』は、同じく『虚実妖怪百物語 序』の続きである。完結編『虚実妖怪百物語 急』を結びとする三冊セットの真ん中。さすがに真ん中から読みはじめる人はいないと思うが、もし、わけが分からないようだったら、面倒をかけますが、『虚実妖怪百物語 序』について書いた文章を読んでから、こちらを読んでください。

富士の樹海の中心に空いた孔。地に伏したスーツ姿の男を見下ろしている加藤保憲の前で死者の肉体を借り、邪悪なものがよみがえりつつあった。ヤハウェに邪悪な存在とされ、砂漠の地下深くに封印されていたものを、加藤が掘り出して連れてきたのだ。その邪悪なものが乗り移った死体は仙石原賢三郎という男のもので、都知事となることが決まっていた。加藤は仙石原を手足として使い、妖怪騒ぎを利用して、この国を滅ぼそうとしているのだ。

京極作品おなじみの、直接本編につながらない階層の異なるテクストを挿入するスタイルはここでも踏襲されている。読者は知っているが登場人物は知らない、という物語の構造である。さて、その頃、神田神保町の地下にある料理店薩摩太郎では、京極夏彦をはじめとする妖怪専門誌の関係者が、妖怪バッシングに対する対策を練るため集まっていた。妖怪騒ぎに右往左往する連中相手に京極夏彦が、中禅寺秋彦よろしく憑き物落としをしているところに武装集団が乱入してくる。

その集団、日本の情操を守る会とは、妖怪撲滅を掲げる過激な市民会議で、「妖怪が出現した建物はすべて焼き払い、取り憑かれた人間は捕獲して隔離幽閉、抵抗する者は徹底的に弾圧するという恐ろしい市民団体」である。どこかで聞いたような名前だが、警察も自衛隊も民間組織であるこの団体のやることは見て見ぬふりの高みの見物を決め込んでいるらしく、この日も妖怪シンパの浄化を叫び、地下のアジトを襲撃。レオは早速ぐるぐる巻きにされてしまう。

一方、杉並にある荒俣宏のマンションでは、榎木津平太郎が収蔵品の引っ越し作業に追われていた。荒俣は、例の呼ぶ子の研究に必要な機械類を入れるスペースを確保するために、自他の妖怪関係コレクションを上階にある空き部屋に移動する作業の現場監督に平太郎を雇ったのだ。そこには、妖怪コレクションを持つ博物館の学芸員や古書店主の山田老も大量の蒐集品とともに避難してきていた。見かけは古ぼけたマンションだが荒俣は蒐集品保護のため耐火倉庫に改造していた。しかし、ここにも日本の情操を守る会の手が回り、マンションは焼き討ちに合う。

異変は他でも起こっていた。例のしょうけらはファミレスから神奈川にある黒史郎の家についてきたようで、今では黒の頭の上から離れない。しょうけら見物に現れた平山夢明らと話すうち、見る者によってしょうけらの形がちがうことが分かってきた。しょうけらの名と姿を覚えた本がちがっていたのだ。見えている姿を語り合ううち、黒が「い、いやあ、そんなのもうクトゥルーですよね」と口に出してしまった。その途端、頭の上に触手を持った邪神が降臨したではないか。

どうやら、今回各地で見られている妖怪は、人間が概念として抱いている妖怪像が具現化しているもののようだ。それは、見ることも触ることもできるが、質量はない。しかもデジタル変換され、それぞれのデータが集まるデータベースにおいてデータは勝手に改竄されて広まってゆく。その結果ネットにアップされた邪神は次第に禍々しいものに成長し、黒は便所に入ることもままならなくなる。

日本の情操を守る会によって殲滅させられそうになる妖怪の大本である荒俣や京極がどのようにしてピンチを切り抜けるか。ゾンビのようにわらわらと襲い掛かる群衆の手から、貴重な妖怪関係コレクションを守り通すことができるか。レオは『ダイ・ハード』を思い浮かべているが、まさにアクション映画のノリで展開される。なかでも、『帝都物語』にも登場する西村真琴博士が作った日本のロボット第一号、學天則が、再び登場するシーンにはファンのひとりとしてゾクゾクさせられる。

ネタバレにならない程度でやめておくが、ジャイアント・ロボを思わせる學天則の活躍は、この小説中の白眉である。さらに、後に百鬼夜行絵巻と呼ばれることになる絵巻に出てくる付喪神のオン・パレードがある。どこかで見たような、というデジャヴュに襲われたが、既視感ではない。『平成狸合戦ぽんぽこ』に、よく似たシーンがすでに登場していたのだ。ただ、こちらはアニメ風にデフォルメされていない絵巻そのままの姿の3D映像化だ。迫力がちがう、とはいっても脳内変換で図像化したものだが。

京極夏彦や荒俣宏その他の世相批判はますます激しくなり、今の世の中がいかに酷いものになっているかが舌鋒鋭く語られる。ほとんどこれが言いたいためにこの小説を書いたのではないかと思うほどだ。以下にいくつか引く。文中の「妖怪」という語を何かに替えても成立することにほとんど恐怖すら覚えるではないか。
「妖怪だけじゃあないですけどね。今や、何から何までいけないでしょう。フザけるのもいけない。くだらないのもいけない。だらしないのもいけない。アニメも漫画もいかん。もちろんエロもグロもダメ。いけないものだらけで、その最底辺が――妖怪です」「だから、その妖怪を叩く連中は、どんだけ過激でも放っておく――ということですね。ホントは警察が妖怪狩りをしたいんだけど、ただ逮捕したって妖怪はどうにもならないし、だからといって流石に警察が殺しちゃう訳にはいかないから、非合法に誰かにそれをさせて、それからそいつを取り締まると、そういうことですか?」

さて、「破」の最後では水木大(おお)先生が登場して鬼退治を宣言するが、完結篇である「急」は、加速度的に激しい展開が予想される。今までは冒頭にちょっと顔を出すばかりであった加藤保憲も本編に姿を表すことになるだろうし、いよいよ『妖怪大戦争』の始まりである。待たれよ次巻。
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by abraxasm | 2016-11-30 17:44 | 書評

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