『終わりなき道』 ジョン・ハート

e0110713_152188.jpgまあ、確かに償いや贖いに終わりはないのかもしれないが、ずいぶんと突き放した邦題になったもんだ。原題は<REDEMPTION ROAD>。ここは、あっさりと『贖い(贖罪)への道』と訳した方が、作者が意図した主題に沿っている気がするが、あまりにも露骨すぎるので、より文学的なというか、情緒的な表題を採ったのだろうと推察する。けれども、主人公の父親は牧師であり、彼女は幼いころから厳格な宗教教育を受けてきている。さらに、犯罪現場には教会が使われている。宗教的な意味を持つ単語を使用しているのは、意図してのことだろう。その意は酌まなくてもいいのだろうか。

<redemption>には、買い戻し、質受け、償還、身請け、救済、(キリストによる)(罪の)贖(あがな)い、救い、(約束・義務などの)履行、補償などの意味がある。Wikipediaによると、旧約聖書の「贖い」には
1.人手に渡った近親者の財産や土地を買い戻すこと
2.身代金を払って奴隷を自由にすること
3.家畜や人間の初子を神に捧げる代わりに、生贄を捧げること。犠牲の代償を捧げることで、罪のつぐないをすること。

等の意味があるらしい。この三点ともに小説の主題に深くかかわっているのは明らかで、評者が題名にこだわるのも、それが重要だと思うからである。

主人公が敬愛する警察官エイドリアン・ウォールは、殺人罪で十三年を刑務所で暮らし、小説冒頭で釈放される。主人公のエリザベス(リズ)は少女の頃、レイプされ自殺しようとしたところをエイドリアンによって未然に察知され、結果的に救われる。リズが警官になろうと決めたのはそれがあったからだ。リズはエイドリアンに大きな借りがある。債務の返済を意味する「償還」という表題はリズにとって重い意味を持っている。

冒頭でリズ自身も苦境に立たされている。監禁レイプされていた少女を独りで救助した際、十八発もの銃弾を黒人兄弟の二人に発砲したことが問題になっているのだ。白人警官による黒人への過剰な暴力は喫緊の社会問題である。少女は助かったが、そのためにリズは人に指弾される立場に陥った。これは新約のイエスの贖いの解釈にあてはまる行為といえる。本当は、ここに書けないもっと深い意味があるのだが、ネタばれになるので、これ以上は書けない。

エイドリアンは、刑務所内で生きていく術を教えてくれた同房者のイーライが所長の拷問によって死ぬ前に、ある秘密を聞いている。原題にも<redemption>が共通しているように、『ショーシャンクの空に』(原題:The Shawshank Redemption)によく似た話で、金がからんでいる。エイドリアンは、所長の拷問によく耐えて刑務所を出るが、所長は釈放後も看守に命じて彼を見張らせている。

そんな中で事件が起きる。かつて、エイドリアンが罪に問われた事件と同じ現場、同じ手口で殺人事件が起きる。警察はエイドリアンを疑い、彼を別件で逮捕。リズは何とかエイドリアンを助けようとするが、自身も内部調査中でバッジを取り上げられている。おまけに、どうしたことか頭脳明晰で優秀な警官だったリズは、レイプ事件以後、人が変わったように神経を苛立たせ、集中力を欠いている。相棒のベケットはそんな彼女に忠告するが何を言っても聞く耳を持たない。

エイドリアンの無実を晴らすためには真犯人を突き止めねばならない。しかし、自身が裁判を受ける側になるかもしれないリズは思ったように事件を捜査することができない。信用できそうなのは、ベケットと古参のランドルフくらい。ほとんどの警察官を敵に回しながら孤軍奮闘する女性警官の活躍を描く警察小説のはずだったのに、途中から様子が変わる。

冒頭から字体を変えた文章が挿入されるのは犯人の視点で描かれていることを示している。エイドリアンの釈放を妨害し刑務所に送り返すために行われた殺人なら一度でいいはずなのに、犯人は何度も同じ現場、同じ手口で執拗に女性を殺し続ける。これはもう、サイコパスによる殺人事件だ。疑わしい人間が少なくとも三人読者にも想像できる。ただ、サイコパスはふだんは善良な市民の皮をかぶっているので、手がかりは字体の変わった文章だけだ。

手がかりは与えられているので、鋭い読者なら犯人を当てるのは難しくないかもしれない。評者はまさかこれはないだろう、と思ったが。犯人が分かっても事件は終わらない。例の秘密を追って所長たちが迫ってくるからだ。手に汗を握る展開をしっかり描き切るあたり、この作者の筆力を感じる。ただ、主題である「贖い」を意味づける終わり方は本当にこれでいいのか。刑務所やレイプ事件が人間を変えてしまうこともあるだろうが、エイドリアンもリズも他と比べようがないほど優秀で模範的な警官だったはずだ。意外な犯人のサイコパスへの豹変ぶりとご都合主義的な結末に不満が残った。
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by abraxasm | 2016-10-01 15:04 | 書評

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