『コドモノセカイ』 岸本佐知子編訳

e0110713_14331638.jpg岸本佐知子編訳による、「子ども」をテーマにした短篇小説のアンソロジー。十一人の作家による十二篇の作品が集められている。どれも、独特の味があり、読書にかかる時間の割りには読後の余韻が長く残る。編訳者の好みによるのだろうが、通常「子ども」と聞いたときに思い浮かべる世間一般的な、愛くるしく、天真爛漫な、誰もが頬っぺたにキスしたくなるような、そんな子どもは登場しない。人によって、好きな作品が分かれるだろうから、個人的な感想になるが、心に残った作品をいくつか紹介しておこう。

まずは、エトガル・ケシット作『ブタを割る』。バート・シンプソン人形が欲しいとせがむ「ぼく」に、父さんは陶器のブタの貯金箱を渡し、コインを貯めてそれで買えという。「ぼく」は、ブタに名前をつけ、友達のように話しかけ、日を過ごすのだった。やがて、やがてその日がやってくる。ブタを割って、人形を買え、という父さんに一日の猶予をもらった「ぼく」がしたこととは。遠い日々を思い出し、鼻の奥のほうがつんとなった。

同じ作家からもう一篇。日本にも原爆記念館などには語り部と男ばれる老人がいて、忘れてはいけない悲惨な過去を語ってくれるが、主人公の少年はユダヤ人。ユダヤ記念館でナチスの蛮行を怒りをこめて語る老人から、ドイツ製品は「どんなに外側はきれいに見えても、中の部品や管のひとつひとつは、殺されたユダヤ人の骨と皮と肉でできているのだ」と聞かされる。ところが家に帰ると、旅行から帰ってきた両親の土産はアディダスのサッカーシューズだった。少年の感じる居心地の悪さが、それを履いてサッカーに興じるうちに変容を遂げる。イノセントな少年の揺れ動く心理を描いて秀逸。

悼尾を飾るエレン・クレイジャズ作「七人の司書の館」は、中篇といっていい長さで、短い作品が多いアンソロジーに喰い足りない思いを感じる読者にとって何よりのプレゼント。コミュニティ・センターとショッピングモールの傍にできた新しい図書館の開館の陰で閉館に追いやられた図書館の話。どこかの国にありそうな話だが、これはそんな生々しい話ではなく、タイトルから知れる通り、白雪姫のパスティーシュ。閉じられた図書館で暮らす七人の司書のところに、ある日バスケットが届く。中に入っていたのは延滞料の代わりの可愛らしい女の赤ちゃん。その子ディンジーは、映画『汚れなき悪戯』のように、七人の司書によって育てられる。司書たちは、成長したディンジーを自分たちの仲間にしたいと思うのだったが…。図書館のがでてくる話は、どれも大好きなのだが、なかでもこれは、小人ならぬ七人の司書たちの個性の描き分けが上出来で、お気に入りの一篇になった。

アンソロジーのお楽しみは、これで終わるのでなく、ここから始まる新しい作家、作品との出会いがあることだろう。自分の好みは、少々感傷的であっても、後味のいい作品らしい。もっととんがったものがお好きな人にも喜んでもらえる作品も数多く揃っている。立ち読みでも読める程度の長さの作品がいくつもある。手にとって見る価値はあると思う。
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by abraxasm | 2015-12-08 14:33 | 書評

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