『変愛小説集』岸本佐知子編訳

e0110713_1541879.jpg最近、日本版が刊行されたばかりの『変愛小説集』。オリジナルの方は翻訳家である岸本佐知子が自分の好きな海外短篇を毎月一篇、選んで訳し『群像』に連載したものを単行本にしたもの。翻訳家が訳すべき作品を自分で選べるというのは、多分楽しいことなんだろう。そういう意味では翻訳家の好みがよくわかるアンソロジーになっている。

単行本化に当たってつけたのであろうタイトルは、つい「恋愛」と読んでしまいそうになるまちがいを誘う気の利いた趣向だが、中身は特に「変(な)愛」が主題とも思えない作品も多い。要は翻訳家の琴線に触れた作家、作品が選ばれたにすぎない。少し考えてみれば分かるが、世にあるどんな小説にも何らかについての愛が書かれていない小説などない。それが「変」かどうかは、誰にも決められはしないのだ。

木に恋する性別不詳の「わたし」と、そのやはり性別不詳の相手と木の奇妙な三角関係を描いたアリ・スミスの「五月」が、中ではいちばん「変愛」の名に相応しい。人にとっての恋の対象は、たとえ「木」でなくとも、第三者にはどこがいいのか分からないものだろう。ただ、本人にとってのそれはかけがえのないもの。それがよく伝わってくる。

SF的な発想のものや恐怖小説風の作品も多いのは、編者の好みもあろうが、掲載するアメリカの雑誌や読者に受けがいいのかもしれない。軽さと辛らつさがうまくミックスされ、それなりに楽しめるが、個人的にはわざわざ読みたいとも思わなかった。都甲氏の最新書評を読んで期待したジェームズ・ソルターの「最後の夜」も、今ひとつだった。書評を読んで想像していたソルターの方がずっと読んでみたい。邦訳作品がどこかにないものだろうか。

まだ若い作者らしいがスコット・スナイダーという人の「ブルー・ヨーデル」が、中では最も好みの作品だ。蝋人形館だとか、飛行船、T型フォードという道具立てがまず好みだし、何故か自分を捨てて去った恋人をアメリカ中オンボロ車に乗って追いかける主人公の思いが他の作品にないピュアなものを感じさせる。表題は、ナイアガラの滝が凍るとき、氷のなかに閉じこめられた魚たちを指していう言葉だとか。印象に残る映像を言語表象化することのできる力を持った作家である。他の作品も読んでみたいと思った。
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by abraxasm | 2014-11-25 15:05 | 書評

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