本の読み方

また、ストレートなタイトルではないか。書いたのは草森紳一、名うての読書家である。「本の読み方」と言っても三色ボールペン片手に読むといった、よくあるハウツー本ではない。文字通り、人は本を読むとき、どんなふうにして読んでいるかを、古今東西の錚々たる読み手の書いたものから抜き出し、それに少々辛口のコメントをまぶして随筆仕立てにした読書をめぐるエッセイ集である。

著者は開口一番、自分は読書家ではないと規定する。本を読むのがやめられないのは、たえず中断につきまとわれるからだ、と。寺田寅彦が病床で読書中、ウグイスがガラス窓にぶつかって死んだことから、人の人生に思いを致し、「人間の行路にもやはりこの<ガラス戸>のようなものがある。失敗する人はみんな目の前の<ガラス>を見そこなって鼻柱を折る人である」という随筆が生まれたことを例にとり、「時にその中断により、寅彦がそうであった如く、本の内容とまったく別なところへ引きづりこまれ、うむと考え込んだりもする。快なる哉」と、書く。本を読んでいるのがむしろ常態で、中断の方に興が湧くというのだから、なまじな読み方ではない。

そうなると、次はどんな格好で読むのが楽かという思案となる。坂口安吾が浴衣がけで仰向けに寝転がって本を読んでいる姿を兄がスケッチしたものが残っている。手が疲れそうだが、筆者も家で読む時は百パーセント寝転んで読んでいるという。「不良」をもって任じる筆者は、どうやら「明窓浄机」の日本流儒教の束縛を嫌っているらしい。

齋藤緑雨もまた、「寝ながら読む、欠伸をしながら読む、酒でも飲みながら読む。今の小説とながらとは離るべからず」と、当時の小説に非を鳴らし、不作法な読み方を称揚しているようだが、これは儒教の礼法を裏返したものじゃないか、というのが草森の見方。小説でなくたって寝ながら読める。論より証拠、六代目圓生は酒を飲みながら「論語」を読んだという逸話を息子の書いた『父、圓生』から引いて、緑雨に一矢報いている。

戸外での読書、車中の肩越しに人の読んでいるのを覗き見る読書、緑陰読書と、本の読み方のあれこれが綴られているのだが、中国文学が専門だけあって、漢詩、漢文の蘊蓄が楽しい。その一つ。

「読書の秋」というのは誰が言い出したのか、という話。秋は、収穫の時であり、「食欲の秋」ともいう。食べれば眠気に襲われるからこの二つは相性が悪い。大槻盤渓の『雪夜読書』という詩の中に「峭寒(しょうかん)骨に逼るも三餘を惜しむ」という詩句がある。「三餘(さんよ)」とは、読書の時間に絡む熟語で、「冬」の時。「夜」の時。「雨」の時。

これには典拠がある。本来は「董遇(とうぐう)三餘」といい、「読書百遍、義自ずから見(あらわ)る」という言葉をのこした、学者で高級官僚でもあった董遇が、本を読む暇がないという弟子に「冬という歳の余り、夜という一日の余り、雨という時間の余りがあるではないか、お前はなまけものだ」と叱ったという故事から来ている。

草森は、「三餘」は、農耕文化のものだと看破する。冬、雨、夜は農業にとってはお手上げの時である。「読書の秋」というのは、虚業中心の都市文化、それに連なる「レジャー文化」の産物であると手厳しい。「三餘」が死語になるのは、季節感を失った二十世紀現代文明にふさわしいと言い捨てている。

他にも、令息森雅之が見た、書斎の有島武郎の意外な姿や、河上肇が獄中の便座に胡座して漢詩を読んだ話とか、博学多才にしてジャンルを博捜・横断たしこの人ならではという逸話に溢れた随筆集。副題の「墓場の書斎に閉じこもる」は、少年時の毛沢東が、野良仕事の合間を盗んでは墓場の木の下に座り込んで三国志や水滸伝に読み耽った話が出典。特大のベッドに本を山積みし、寝間着のまま読み続けていたという、この人が、文化大革命で「焚書」を命じたのであったか、という歴史の皮肉を思わないわけにはいかない。
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by abraxasm | 2010-01-11 12:14 | 書評

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