『ロング・グッドバイ』第8章

第7章は殺人課課長によるマーロウ尋問の場面。例によって挑発に乗った課長は、マーロウの思うつぼにはまってしまう。グレゴリアスという課長は暴力に訴えるしかない愚鈍な刑事の典型として描かれている。翻訳上の異同はあまり面白いところが見つからないので、この章は割愛する。

第8章は、重罪犯監房の描写から入る。
“In the corner of the cell block”を清水は「廊下のすみには」と訳すが、村上は「監房ブロックの片隅には」と訳している。二つの鉄製の扉がついているのは監房ブロックの中だから、廊下というのは変だろう。

収監者はそこから面通し用の小部屋に引き出されるのだが、映画でよく見る線の引かれた壁を前に、マーロウもいろんなポーズをとらされる。その一つに“Hold your hands out”というのがある。「両手を前に出せ」と訳すのが清水。「両手を外に広げろ」が村上。映画の場面を思い出してみるのだが、右や左を見た後、どうしていたかよく思い出せない。袖をまくり上げ、傷跡を見せるには、どちらのポーズがいいのだろう。訳としては村上訳が合っているように思うのだが。

ルーティーンワークに飽きた警務主任のやり方に内心で茶々を入れるマーロウの内的独白が後に続く。
鼻の穴の中を見るのを忘れたとからかい、フットボールの試合でけがをして鼻中隔手術を受けた際の思い出を語る。

“Fifteen yards penalty,and that's about how much stiff bloody tape they pulled out my nose an inch at a time the day after the operation,I'm not bragging,Captain.”

「十五ヤードのペナルティーだ。手術が終わると、血で固まったテープを一インチずつ鼻から引っぱり出された。ほらを吹いてるんじゃない。」(清水訳)

「十五ヤードのペナルティー。手術の翌日に私の鼻から数センチずつ引き抜かれたごわごわした血まみれの包帯も、ほぼそれと同じくらいの長さだった。自慢しているんじゃないよ、主任。」(村上訳)

小さなことが大事だといいながら、包帯が15ヤードも鼻の中につまっていたと言ってのける。これを「ほら」と言わなくてどうする。ここは、「ほら」と訳した清水の勝ちだ。それと、ここに限らず村上はインチ表示を全部メートル表示に変えて訳している。たしかに日本人には分かりやすいのだが、1インチずつ引っぱり出されるという刻み方は分かるが、数センチずつというのは刻みとしては不適当だろう。15ヤードのペナルティだけは、さすがに村上も13.65メートルとは訳せなかった。13メートルもの包帯が鼻の中に入ってたって?マーロウ、吹いてくれるじゃないか。ただし、清水訳ではテープ(包帯)の長さが分からないから、せっかくのほらが生きてこない。ここは村上の勝ち。イーブンというところか。

調子に乗っているときのチャンドラーは、冗談が多くなる。次の科白もそうだ。

“Noah bought it secondhand.” 

「ノアはそれを中古で買ったにちがいない」という、傷だらけの樫材のテーブルを冷やかして言うマーロウの独白が清水訳には抜けている。

小さなことだが、某氏に雇われてマーロウの弁護をしにやってくるエンディコットという弁護士のシガレットケースは銀の打ち出し細工だが、清水訳では銀のシガレットケースになっている。“hammered”が抜けると、のっぺりしたシガレット・ケースをイメージしてしまう。持ち物でその男のイメージがはっきりする。大事にしたいところではないだろうか。

エンディコットがマーロウの言葉に「君は私が嘘を言っているというのか」と気色ばんだとき、マーロウがエンディコットがヴァージニア生まれであったことを思い出して言う次の科白。

“We think of them as the flower of southern chivalry and honor.”

「南部の義侠心と名誉の精華であると、彼らは見なされています。」(村上)

「ヴァージニアの人間は侠気があって名誉を重んずるということを想い出しましたよ。」(清水)

直訳調の村上訳より、清水訳の方がこなれているとは思うのだが、「南部」の一語が抜けているのが惜しい。南北戦争に破れはしたものの、南部の人間には誇りがある。そこをうまくついて相手の気をよくしているのだ。「南部」の一言はほしいところである。

分からないのが、“How ingenuous can a man get.”だ。「たいしたもんじゃないか」(村上)と、「りこうなやり方とはいえないんじゃないか」(清水)という訳になっているが、“ingenuous”には、「率直な、わだかまりのない」という意味がある。一方、一字ちがいの“ingenious”には、「工夫の才のある」という意味がある。村上訳はなんとも言えないが、清水訳は、こちらととりちがえている可能性がなくもないと考えられるが、どうだろうか。

億万長者のハーラン・ポッターが新聞報道に圧力をかけていると考えたマーロウの言う科白“publicity”を、村上は「報道」、清水は「工作」と訳している。その後に続く“a hundred million dollars can buy a great deal of publicity.”を考えると、「一億ドルもあれば大量の“publicity”を買うことだってできる。」というふうに訳するなら、中に何を入れるのが適当だろう。また、その後に対句として「大量の沈黙だって」が続くが、二人とも、こちらには“a great deal of ”を響かせていない。二つの語句がうまく対句になっていないからではないだろうか。
[PR]
by abraxasm | 2009-06-21 17:59 | The Long Goodbye

覚え書き


by abraxasm