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沼野充義氏によるロシア語版を底本とする新訳である。初訳は大津栄一郎氏訳による白水社版(1967年)だが、英語版からの翻訳であったことや、当時ナボコフ研究が今ほど進んでいなかったこともあって、この作品の持つ複雑な構成や背景をあますところなく日本語に置き換えたとまでは言えず、新訳が望まれていた。沼野訳は、懇切丁寧な訳注を多用した労作で、ナボコフならではの手の込んだ仕掛けや言語遊戯が格段によく分かるようになった。
『賜物』は、ナボコフがロシア語で書いた最後の長編小説である。舞台になっているのは1920年代のベルリン。主人公のフョードルは、文学を志す青年である。彼の父は有名な学者であり探検家でもあったが蝶の採集旅行中に中央アジアで消息を絶った。母と姉を亡命先のパリに残し、青年は一人ベルリンで、文学修行中である。小説は、フョードルの文学的成長と一人の女性との恋愛をからませながら、やがて彼が書くことになる一編の小説を暗示して終わる。 主人公の視点で描かれる、当時のベルリン市街の情景が、ドイツ嫌いであるにもかかわらず、青年らしい瑞々しい筆致で浮かび上がり、読者はまるで現実の二十世紀初頭のベルリンの街に入りこんでしまったように感じさせられる。それでいて、いつの間にかグリューネヴァルトの森は青年の故郷ペテルブルグにある領地レシノの記憶に置き換えられている事に読者は気づくことになる。フョ-ドルは紅茶もマドレーヌもなしに、絶えず回想の光景の中に入りこんでしまう。 故郷喪失者として、フョードルは、いつもロシアから離れられない。それと、父が一緒にいた幼い頃の記憶が、彼の文学の通奏低音となる。第一章は、フョードルの詩を主題にしているが、その中に「失われたボール」と「見出されたボール」という詩句が登場する。プルースト的主題の暗示であろう。第二章では、遺された父に関する資料をもとに、父の愛したプーシキンを意識しながら、中央アジア探検の旅を描き出そうと試みる。天山山脈やゴビ沙獏を行く父の探検旅行には、いつしか「ぼく」の分身が紛れ込む。主人公の眼で描かれる中国辺境の地の光景は異国趣味的発想の強いもので、ナボコフの創作と思いがちだが、訳註によれば当時刊行されていた複数の探検記録に基づいて書かれたものらしい。 ナボコフは、作家志望の青年を主人公に据えることで、ロシア文学という副主題を持ち込むことに成功している。主人公が出入りする亡命ロシア人文学サロンの仲間との対話を通じて、あるいは、フョードルの独白や作品に、プーシキンやゴーゴリと言ったロシアを代表する文学者の主題を自在に展開している。そればかりではない。何と、フョードルが書いた作品として第四章まるまるを、チェルヌイシェフスキー(ロシアの評論家、革命家)の評伝にあてている。丸谷才一が、この手法を愛で、自作に採り入れたのが『輝く日の宮』である。所謂小説内小説という形式だが、レーニンもその著作を愛読したという歴史的人物が戯画的手法により徹底して矮小化されており、最初の出版ではこの部分は削除されるという憂き目を見る。 運命に操られた男女がすれちがいを繰り返しながらも、最後に出会うというモチーフは、ナボコフ偏愛のものらしく『ディフェンス』にも用いられていたが、ここでも、フョードルと下宿の娘ジーナとの出会いは、運命ならぬ作者ナボコフの手によって、何度もすれちがいを演じさせられている。読者は、最終章の二人の会話から、それまで何度も彼らが、出会うチャンスを逸してきたことを知らされ呆気にとられる。よく読んでみれば、初読の際にはまず読み過ごすであろうというさり気ない叙述の仕方でヒントを与えられていたのだ。ナボコフのほくそ笑むのが見えるようだ。 「気がつかずに通り過ぎてしまいそうな細部が、別の場所で再現反復されたり、他の細部と照応したりする」手法はここでも健在で、下宿の黄色の地にチューリップを描いた壁紙が、女性の服地になったり、第一章で知人の息子の自殺現場に居合わせたセッター犬を連れた建築家が、最終章で、フョードルが日光浴している同じグリューネヴァルトの森に律儀にも顔を見せたりしている。 その森に向かう途上、主人公の目を通して、読者は興味深い少女の姿を見ることになる。「この娘には、彼が多くの女性たちに見出しているある種の魅力の―それは明確なものであると同時に、無意識的なものでもあった―ひとかけらが含まれていたのだ(中略)そして今擦れ違った少女の方を振り返って、ずっと前からお馴染みの、束の間しか姿をとどめない黄金の線を捕えると、それはすぐさま永遠に飛び去った。このとき彼は、一瞬、絶望的な欲望がこみ上げてくるのを感じた。それは満たすことができないがゆえに、魅惑的でもあり、豊かでもある―そんな欲望だった。低俗な悦楽をつかさどる陳腐な悪魔よ、「好みの種類(タイプ)」などというひどい決まり文句でぼくを誘惑しないでくれ。いやそんなものではない、それを超えた何かなのだ。」 この口吻にハンバート・ハンバートの息づかいを感じるのは評者だけだろうか。主人公のフョードルは、蝶と詩作を好み、チェス・プロブレム好き、ベルリンにいたのも同時代ということで、主人公と作者を同一視しないよう、「英語版への序文」で作者ナボコフはわざわざ注意している。とすれば、後年、アメリカに渡ってから描かれることになる『ロリータ』の主人公、あのハンバートはヨーロッパ時代、こんなところにひっそりと隠れ住んでいたのである
仕事から帰ってきた妻が
「蛍、見に行く?」と訊いた。疲れていたので、また今度にしようよと言った。 しばらくして長男が顔を出したので、妻は今度は長男を誘った。 長男は「行く」という。「あなたはどうする?」と重ねて訊く。 蛍の見頃は、なぜだかしらないが午後8時10分ごろだという。 場所は横輪川。山の中である。あまり早く着いても仕方がないので、 沿線の蕎麦屋で夕飯を食べていくことにした。 長男の運転なので、蕎麦屋の酒が楽しめる。これは、かなりうれしい。 天ざるでいっぱいやっているといい時間になった。 駐車場に車を止めて歩き出すと、橋のあたりで蛍がふうわりと飛んだ。 通りがかりの車のライトがじゃまだが、闇がもどるとあちこちに光が点滅する。 山道をなおも奥に進み、少し脇道に入ると足下を照らす懐中電灯の灯りだけが頼り。 足場を確かめてから懐中電灯を消すと、杉林の梢がV字型に星空を切り取って見えた。 川縁の木々の根方から、一つ二つと数えるうちに夢のような光が空に立ちのぼってきた。 蛍の光がこんなに明るいとはじめて知った。 小さい頃に夏祭りに向かう畦道で蛍の群舞を見た記憶があるが、それ以来だ。 人家の灯りひとつない山の奥で蛍を見るのは初めてだった。 ありきたりな表現しか思いつかないが、幻想的な光景と言うしかない。 長男が大阪から連れ帰ったお嫁さんは、感動の声をあげていた。 何もない田舎だからこそ、都会にはないものもある。 ちょっとうれしい気分になった夏の宵である。
「ポルトガル語にsaudade(サウダーデ)という美しい言葉がある。この言葉は他国語には訳せない。心象の中に、風景の中に、誰か大切な人が、物がない。不在が、淋しさと憧れ、悲しみをかきたてる。と同時に、それが喜びともなる。えもいわれぬ虚の感情……。」
かつて三上隆という気鋭の民族学者がいた。蝶と矮人族(ネグリト)を追い続け、敗戦の年、ボルネオのジャングルで消息を絶った。語り手の父は三上の旧友として捜索団を組織し自らボルネオに渡るも、目的を果たすことなく病没する。息子である語り手は、父の意志を継ぐべく、父の遺した手紙、捜索団の一員だった出水(和歌山カレー毒物事件の被害者)の遺したノート、その他の資料をもとに、北ボルネオ最奧部における三上隆捜索団の旅、和歌山大塔山系における小人村探しの探検をレポートに書く。最後には語り手自身がチベットに潜入し、三上隆の影を追う。熊野、ボルネオ、チベットを舞台に、異世界と現実世界を往還する秘境小説である。 実在の人物、史実を素材に創作された架空の物語。それも、どこまでが真実で、どこまでが創作なのか、虚実の境界が限りなくぼかされ、つかみがたい。それでいながら、とびっきり面白い。作者は辻原登。その語り口の巧さには定評がある。今回作家がその素材としたのは、伝説のナチュラリスト鹿野忠雄。巻末に参考文献が揚げられているのだから、ネタバレの誹りを受ける心配はないだろう。この若くして北ボルネオで消息を絶った稀有な探検家のその後の消息を追い求める探索行が、小説の主題である。 題名が『闇の奧』となっていることからも分かるように、先行する文学作品を幾重にも織り込んだ間テクスト性の強い作品となっている。題名は、もちろんコンラッドの同名小説(の邦題)から拝借している。ジャングルの奧に君臨する白人の独裁者を追って、アフリカの奥地に向かう男の話は、オーソン・ウェルズが映画化を試みて果たせず、フランシス・フォード・コッポラによって、舞台をベルギー領コンゴから戦時下のヴェトナムに移すことで映画化された。言わずと知れた『地獄の黙示録』である。強大な軍事力を持つ覇権国家側の人間が、圧政下にある現地の部族民に同化しつつ生きるという主題を共有する点でこの二作はつながる。 さらに、ナボコフの『賜物』との関係がある。ナチュラリストで探検家でもある蝶の蒐集家が、蝶を追って中央アジアに出かけ消息を絶つというのが、『賜物』の第二章で語られる主人公の父の話だ。作家志望の息子は、父の遺した資料をもとにその伝記を執筆することで、父の生涯に迫ろうとするのだが、書き進めるうちに息子はまるで父になりきって書くようになる。これはそのまま『闇の奧』の設定に重なる。一つのテクストの中に文体もジャンルも異にする複数のテクストが展開する『賜物』という複雑な構成を持つ小説を下敷きに、辻原はこれを書いたにちがいない。第五章「沈黙交易」のエピグラフにナボコフ『賜物』の一節が引用されている。作者からの挨拶であろう。 題材によって、自在に文体を使い分けるのが、この作家の持ち味だが、今回のそれは、久生十蘭や小栗虫太郎の魔境小説を想い出させる男性的な文体である。小栗虫太郎の『人外魔境』シリーズは、日本人探検家が人跡未踏の地を探検し、有尾人やら水棲人を追うという荒唐無稽を絵で描いたようなストーリーを、独特の衒学趣味(ペダントリー)をちらつかせながらぐいぐいと読者を引っぱっていく躰のものだったが、辻原のこれも矮人族(ネグリト)が棲むという幻の集落を探して、熊野やボルネオ、チベットの秘境に男たちが次々と挑む話である。何が男たちをそうまでかきたてるのか。それが冒頭に引いたサウダーデ。作家の言葉を借りるなら、「胸がひりつくようななつかしさ、いてもたってもいられなくなるようなノスタルジア」とでもいうべき「何か鋭い情緒に突き動かされて」のことなのだろう。 21世紀のこの時代に小人の話か、と思われるむきもあるかも知れないが、そこは、辻原。2004年にインドネシア東部で発見された新種の人類「ホモ・フロシエンシス」の骨という物証を提示する。この骨の持ち主は大人なのに身長1メートル。つまり小人。これに「和歌山毒物カレー事件」、ダライ・ラマのチベット脱出という実際の出来事を絡ませてストーリーを紡いでいく手腕はお見事としか言いようがない。 その他にも、ニールス・ルーネベルクの『秘密の救世主』という異端神学書や、数年前発見され話題を集めた『ユダの福音書』、サリンジャーの『笑い男』といった、読者をして立ち止まらせ、考え込ませる鍵がさり気なく鏤められ、本好きにはたまらない仕掛けに満ちている。いろいろ調べて「『秘密の救世主』という本について言及しているもの」というのが、ボルヘスの『伝奇集』の中の一篇であることは分かった。ただ、その「ユダについての三つの解釈」の中に「イエスは妻マリアの肉体の中心部を、イタリアの秋の水仙と呼んだ」という記述は、どこにもなく、どうやら作家の悪戯に引っかかったらしい。それとも、また別のテクストの中に隠されているのだろうか。どこまでも読者を闇ならぬテクストの奧に迷い込ませるたくらみに満ちた一冊である。 ![]() ズボンの尻ポケットについているジッパーの金具でも悪さをしたのか、147の本革シートにかぎ裂きができてしまった。ディーラーに修理可能かどうか聞くと、シートの入れ替えしかないという。車両保険がかけてあったのを思いだし、その由を伝えると、保険会社によって対応がちがうというのが答えだった。 駄目もとで電話をしたら、きちんと見に来て写真まで撮っていった。その日のうちに保険の対象になるという答えが返ってきた。保険もかけておくものだ。さっそくディ-ラーに電話をして、修理を依頼したが、シートの張り替えには時間がかかるので、その間、他のシートをつけるとかで、またまた四日市まで出かけることになった。 せっかく休日を使って北の方に出かけるのだから、ついでに、懸案事項を片づけてこようと思った。一つは、今や県下では四日市にしか残っていないダヤングッズの店を探すこと。もう一つは、前回お流れになった岐阜の篭大仏を訪れることだ。 一時的にファブリックの、しかしこれはこれで147純正のシートに付け替えられた愛車を駆って、四日市ジャスコに。ダヤンの店は健在であった。妻はあれこれ物色し、何点も買い漁った。なにしろ、この店もいつまでもつか知れないのだ。昼食は菰野にある、自然薯料理を食べさせる店で看板のとろろ飯をしこたま食べて、いざ出発。 なにしろ、岐阜市街にあるということは分かっているのだが、あとはナビまかせ。東名阪で清洲東まで行き、名古屋高速で一宮へぬけ、そこから東海北陸道で各務ヶ原までというコースだ。休日千円ぽっきりの高速料金を使いながら、途中で名古屋高速を使うことになるので、その恩恵をこうむることができない。新料金体系も行き先に黒い雲がかかっていることだし、この際、名古屋近辺の特殊事情も鑑みて、すっきりした解決策を考えてほしいところだ。 さて、ナビに案内されて無事岐阜に到着。日本の地方都市というのは、どこも総じてあまり変わらないな、と考えながら走っていたら、突然片側3車線の一方通行の道に入りこんでしまった。ナビは右折を指示している。その名もドライブコースという路線を走っていくと、お目当ての岐阜大仏の看板が見えた。左車線から駐車場に入れようと対向車の確認をしてハンドルを切りかかると鋭い警笛が響いた。そのとたん右側を車がすり抜けていった。忘れていた。二車線とも一方通行だったのだ。間一髪のところだった。 狭い駐車場に何とか車をねじ込んで、ほっと一息。観覧料は200円だった。写真でも分かるように、実にやさしいお顔をした大仏様である。高さは13.7メートル。奈良、鎌倉に次ぐ日本三大仏の一つという。この岐阜大仏の何よりの特徴は後の二つが鋳造仏であるのに対して、張りぼてであること。大銀杏の木を真柱に骨格は木材を用い、外部は竹を篭状に編んで形を作った日本最大の乾漆仏である。竹の上には粘土を塗り、その上に観音経などを張った上にうるしを塗って、金箔を貼ったものだ。 この大仏のことを知ったのは、木下直之著『世の途中から隠されていること』という本であった。それによると、この他にも日本各地に篭大仏というのがあったらしい。探せば、今でも残っているのだろうか。竹造りの大仏である。火事にあったらひとたまりもない。この大仏様もよく戦火をくぐり抜けてこられたものだ。堂内には羅漢像が並び素朴な中にも篤い信仰心の感じられるいいお寺であった。近くにある古美術商が営む円空美術館も見物して、久しぶりに円空仏とも対面した。篭大仏の駐車場から車を出す際、左車線に乗りかけて、前を見たら二台の車が併走してきて、あわてて右にあった空き地に逃れた。一方通行をまたも忘れていたのだ。これで事故にも遭わずにすんだのは大仏様の御利益というものかも知れない。帰りはナビに逆らって、国道22号線を一路南下。清洲東から東名阪に乗って帰った。時間的に渋滞にかからなかったら、下道で充分いけるところである。安易にナビ頼みにするのはあまりよくない気がしてきた。
読んだことはないのに、著者と題名が記憶に残っている本というものがある。どこかで目にして興味を持ったものの、手近なところに見つからないので、読まずにきてしまった本。マルカム・ラウリーの『火山の下』も、そういう本である。ずいぶん前に翻訳されてはいるのだが、絶版で古書価格が高騰し、読むに読めない状態が続いていた。それが今回白水社から新訳で出た。
小説の概要は、カバー裏にある文章が簡潔で要を得ている。「ポポカテペトルとイスタクシワトル。二つの火山を臨むメキシコ、クワウナワクの町で、元英国領事ジェフリー・ファーミンは、最愛の妻イヴォンヌに捨てられ、酒浸りの日々を送っている。一九三八年十一月の(死者の日)の朝、イヴォンヌが突然彼のもとに舞い戻ってくる。ぎこちなく再会した二人は、領事の腹違いの弟ヒューを伴って闘牛見物に出かけることに。しかし領事は心の底で妻を許すことができず、ますます酒に溺れていき、ドン・キホーテさながらに破滅へと向かって衝動的に突き進んでいく。」 章ごとに視点人物が交代するところや、長篇小説であるのにたった一日の出来事を描いたものである点、中心となる人物が二人の男性と一人の女性である点、舞台となる町を人物が移動することで物語が展開している点、ダンテの『神曲』「地獄篇」やセルバンテスの『ドン・キホーテ』ほか古典や先行するテクストに依拠した構成等々、ジョイスの『ユリシーズ』の影響下にあることは誰の目にも明らかである。 三人称限定視点で語り出されながら、会話の最中に話者の目に映る眼前の光景の描写やそこから引き起こされる連想、追想が次々と挿入され、時空を跨ぎ越えてどこまでも延々と続いていく文体は「意識の流れ」の手法をグロテスクなまでに誇張したもので、特筆すべきは、アルコール中毒患者である領事の視点で描かれる章の叙述である。視点人物が酒浸りという設定は、調べればほかにもあるのだろうが、ここまで精緻に記述された作品を他に知らない。突然の意識の断絶。さらにまた突然の覚醒。時間感覚の麻痺。幻聴や幻視のリアルな描写。中でも、壁の染みや傷跡が昆虫や芋虫に変化し蠢く様子の描写は読んでいて本当に怖くなる。評者も酒は好きな方だが、少し酒量をひかえようかと考えたくらいだ。 領事の鬱屈は、どうやら戦争中のドイツ軍捕虜の扱いをめぐる毀誉褒貶にあるらしいが、コンラッドの『ロード・ジム』の自己懲罰を真似たのか、人の行きたがらない任地を経巡った最後が国交の途絶したメキシコであった。帰国要請に従わず任地に留まった後は、異端神学やら錬金術関連の書籍を集め、本を書くと言いながら酒浸りの毎日である。屈折しているのは領事ばかりではない。弟のヒューもスペイン内戦の義勇軍に共感を抱きながら、それを余所目に兄の妻と一緒にいることに幸福感を感じている自分を内心で恥じている。 自分自身に対して自分自身が「諾」と言えない、流行りの言葉で言うなら自己肯定感を持てない兄弟の造型は、作家自身をモデルにしたものであろう。若い頃の自分をヒューに、現在の自分を領事に投影していると見ることもできる。そういう意味ではアルコール中毒患者であった作家の自伝的小説とも言える。ナチスの台頭、スペイン内戦という時代を背景に、理想を胸に抱きながら挫折してしまったインテリの自己韜晦を、異国情緒溢れるメキシコの風景の中に、酔いどれの見た夢幻劇として描いた作品と括ることができよう。 「意識の流れ」や間テクスト性といった技法、構造もさることながら、読後に感じるのは、濃厚かつ芳醇な文学性である。遠くから聞こえる祭のざわめき、突然の雷雨、谷間から吹き上がる雨上がりの爽やかな風、といった叙情味を帯びた筆触。死者の日の骸骨、尻に7という数字の焼き印のある馬、ドミノを啄む鶏を連れた老婆、という宿命を暗示させる表象の多用。領事の演じる道化ぶりが醸し出すバロックの祝祭劇にも通じるグロテスクなユーモア。渇を癒すという言葉どおり、近頃、これほどまでに小説を読む喜びを感じたことがない。表紙カバーを飾るディエゴ・リベラの絵さながらに、目眩くような読書体験が読者を待っている。
表紙では、Ich Romanと、一人称小説をうたってはいるが、なかなかどうして、そんなひと言で括ってしまえるようなしろものではない。簡単に言えば、用意した数冊の本を一度ばらばらに解体し、二、三ページずつ、きりのいいところでまとめ、それらを時系列にそって、トランプの7ならべでもするように数段に並べておいて、はじめは一段目と二段目を交互に紙取りし、次には、三段目と四段目を交互に、その次は二段目と五段目というように紙を取っていったものを最後にもう一度全部綴じるとできあがる、そんな本なのだ。
話者である「私」は、左手堅という名の詩人で、編集者でもある。といえば分かるように、これは作者平出隆に限りなく近い人物として創造されている。小説は、その「私」が、祖父である左手種作の遺した原稿を頼りに、実はそれまであまり深く知ろうとはしてこなかった祖父や父の姿に迫ろうとする探索行を描いている。 問題は、複数の時系列に沿って、断章形式でぽつりぽつりと提示される探索行の間に挿入される、祖父種作の遺稿にある。在野のエスペランチストで、中西悟道とも親しかった鳥類研究者。独学で学んだ外国語を駆使し、極地探検の記録や金鉱堀りの手記等、少なからずの文章を翻訳している。作者は、祖父の行状を探ったり、祖父の遺稿に登場する人物を調べたりする探索行を記した文章にそれら複数の祖父の遺稿を、やはり断章形式で挿入していく。 読者としては複数の物語が同時進行していくのを追うだけでも大変なのに、その間に、鳥やら樹木やらに関する図鑑ふうの文章まで読まされるわけで、趣味を同じくする人には楽しいのかも知れないが、一般の読者には正直、抵抗のあるところだろう。ただ、弁護するわけではないが、左手種作の手になるとされる文章、平易である上に格調さえ漂うもので、現代日本語の書き手として定評ある作者の文章と交互に並べられても、なんら遜色のない達意の名文である。であるからか、たしかに膨大な量の文章なのだが、終わりに近づくにつれ、この続きが読めなくなる寂しさが襲ってくるから不思議である。
詩人の平出隆の二作目の小説。二冊目にしてこれか、と思えるほどの堂々たる大作。厚さ約5センチ。二段組み659頁という造本は、まるで辞典サイズ。詩人のこの作品にかける思いが伝わってくる。もともとは「小説推理」に2004年の暮れから2008年の夏まで連載していたものである。
平出隆の名は、堀江敏幸の作品の中で言及されていたと記憶している。『葉書でドナルド・エヴァンズに』だったろうか、あまりはっきり覚えていない。それなのに、この分厚い作品を手にとろうと思ったのは、何かしら惹かれるところがあったのだろう。 自装の表紙に惹句めいた短文が書かれている。「孤独な自然観察者にして翻訳者でもあった男の/遺画稿と遺品の中から/大いなる誘いの声を聴き取りながら育った私は/いつからか、多くの《祖父たち》と出会う探索の旅程にあることに気づく。/絶滅したとされる幻の鳥を求めるように/朝鮮海峡からベルリンへ、南北極地圏の自然へ、そして未知なる故郷へ。/はるかな地平とささやかな呼吸を組み合わせ、/死者たちの語りと連携しながら、数々の時空の断層を踏破する/類ない手法―コラージュによる長篇 Ich-Roman」 すべてはここに語り尽くされている。これはそのような作品である。
そんなに自分が日本人であることをふだんは意識しない。
ところが、春が来て、桜が咲き始めるとどうもそわそわし出す自分がいる。 今年はまだどこにも桜を見に行っていないぞ、と。 くもりのはずだった土曜日。朝からのいい天気にさそわれて桜を見に行くことにした。 場所は三多気。一度行ったが、花はすでに終わっていた。 遅い昼食をしたたためてから、今回はコペンで出かけた。途中難所の仁柿峠を通る。 妻が運転したくないと言うので、久しぶりにコペンのハンドルを握ることにした。 道中はどこもソメイヨシノの花盛り。クローンなので、一斉に咲き、一斉に散るのだそうだ。 それでも寒暖による差はあるらしく、宮川河畔の桜並木は、はや散り始めていた。 仁柿峠は大型車通行不可で、ふだんは通行する車がまれなのだが、この日はちがった。 やたらと対向車が多い。それに不慣れな車が多く、ずいぶん時間がかかった。 三多気の桜は、このあたりでは有名で、わざわざ遠くから観光バスで来る人もいる。 山の中腹にある駐車場はいっぱいだったが、帰る人もいて、少し待って入れた。 へえ、と拍子抜けしたのだが、そのわけはすぐに分かった。 駐車場近くの桜は満開だったが、山上の真福院に至る桜並木は、まだ三分咲き程度。 つぼみのままの木もあっては、人の出もまばらな方なのだろう。 それでも、花の下に敷物を敷いて、花見をしているグループもあり、にぎやかな様子。 ここの花は、一度急坂を上りきって、寺に詣で、その帰り道に楽しむのがいいだろう。 田植えを前に水を満々とたたえた棚田の上に桜の枝がのびる姿は実に美しい。 また、山を背に茅葺き屋根の民家越しに枝を空にのばした山桜もいい。 帰る背に、誰が打つのか山門の鐘がいつまでも余韻を残して響いてきた。 帰り道、曽爾高原に寄ってお亀の湯に浸かったあと、名張経由で帰ることにした。 青蓮寺湖畔の桜が、夕暮れ時の空に映えて、あまりに美しいので、閉めたトップを開けた。 頭の上に桜のトンネルを感じながら走るのは最高の気分だった。 >>アルバムに写真があります。スライドショーでどうぞ。
いやあ、あいかわらず深いわ。読んでいて冷や汗が出ました。
この人の書くものには、常々教えられることが多いと感じてきたけど、今回は、かなり手厳しくやっつけられた気がします。 ブログに書きつづった雑多な内容の文章の中から、一つの主題としてまとめられそうなものを選び出し一冊に編んだもの。このあたり編集者のセンスの良さが感じられる。もっとも、題名は凄い!の一語に尽きるけれど。 「邪悪なもの」とは何か。とりあえず「どうしたらいいか分からないけど、何かしないと大変なことになる状況」との遭遇であると考えておけばいいだろう。自殺でも地震でも、なんでもいい。個人レベルでも国家レベルでもそういう状況というのは常に存在する。そういう事態に直面したとき、適切にふるまうことができる手立てについて考えた本である。 で、自分としては、何に一番感心したかというと、「自分自身にかけた呪い」は恐ろしいな、ということである。呪いのわら人形の話ではない。自分の話で恐縮だが、年少の頃に教わった「個人主義」という考え方と、職業に就いてから知らず知らず身についた労働者意識というのが、自分自身にかけた呪いだったということ。 たしかに、自分の仕事以外には手を出さないことを原則として生きてきたし、何かことが起きれば責任の所在を明らかにすることで、事態の出来は自分ではない誰か他者の所為であるという言い訳を探してきた。これは、「子ども」であることの証明らしい。 内田によれば「システム」に対して、「被害者・受苦者」のポジションを無意識的に先取するものを「子ども」と呼ぶ。システムクラッシュに、「責任者出てこい!」と叫ぶ輩のことだ。世の中は不条理なもので、そこに秩序だったものなどない。それなのに、きちんとしたシステムがあり、誰かがそれをコントロールしているという考え方は父権性イデオロギーというものである。 「こだわり・プライド・被害者意識」というのは、統合失調症の前駆症状であるという。病というのはある状態に居着くことをいうらしいが、これらの三つはどれもある状態に居着くこと(定型性)を意味している。 <「被害者である私」という名乗りを一度行った人は、その名乗りの「正しさ」を証明するために、その後、どのような救済措置によっても、自助努力によっても「失ったもの」を回復できないほどに深く傷つき、そこなわれたことを繰り返し証明する義務を負うことになる> <人間の精神の健康は「過去の出来事をはっきり記憶している」能力によってではなく、「そのつど都合で絶えず過去を書き換えることができる」能力によって担保されている。> 目からウロコとは、このことだ。「定型性」に固執する状態というのは、健康的でないらしい。自分もそうだが、原則を持つ人というのは、しっかりした人のようにいわれている。こだわりがあるというのは誉め言葉と聞いてきた。 しかし、問題が起きるたびに「責任者出てこい」と言いつのったり、落ちているゴミを拾うのは自分の仕事ではないと見過ごしたりする人ばかりが周りにいたら、その世界はずいぶん住みにくいことだろう。そういう人たちは、そうすることで、システムの不具合を証明しているわけで、突きつめればシステムクラッシュが起きることで自分の正しさを証明しようとしているのだ。そう言われると、心の奥底にそんな気分があったことを認めたくなる。これが、自分自身にかけていた呪いだったのか。 自分が自分に課していた原則の妥当性が揺らぐことで、世界を見る目も自分を見る目も少し変わってくる。この経験は何やら晴れやかな気分だ。中禅寺秋彦に「憑き物」落としをしてもらったような気分である。なるほどタイトルは嘘ではなかったなと、あらためて感じ入った次第である。
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